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ロマに対する迫害と差別

ヨーロッパ全域に広く居住しているロマ*は、中世紀後半にインド北西部からヨーロッパへの移動を開始したと考えられています。ロマの人びとは歴史的に差別と迫害を受け、ナチス支配の時代には「劣等人種」として、強制収容所に収容、約50万人が虐殺されました。現在もロマに対するステレオタイプな見方と偏見は根強くあり、居住する国々でロマは教育、雇用、住居などにおいて差別的扱いをうけ、厳しい生活環境におかれています。さらには、近年勢力を拡大しているネオナチや極右団体により、ロマは深刻な迫害を受けています。
(*ロマの名称については、下の“国際ロマ記念日”の欄を参照してください。)

 

IMADRの活動


ロマ排斥への抗議と要請
東西冷戦崩壊後、EU統合やグローバル化が進む中、ヨーロッパにおけるロマを取り巻く情況は近年さらに悪化しています。IMADRはロマに対する人種主義的で非人道的な政策や動きに対して抗議と要請を行なっています。

国際ロマ記念日

    1971年4月8日、世界各地のロマがロンドンに集まり、第1回「ロマ国際会議」を開催しました。その会議で人びとはそれまで使われてきた「ジプシー」「ツィゴイナー」などの人種差別的な呼称のすべてを否定し、「今日から我々はロマである」と宣言しました。それ以降、毎年この日は世界のさまざまな地で「国際ロマ記念日」として祝われています。IMADRは2012年4月、東京において「国際ロマ記念日」の集まりをもちました。

 

スィンティとロマのホロコースト

    ナチス体制下におけるスィンティとロマの大量虐殺
    第二次世界大戦中ヨーロッパを席巻したナチス独裁政権はユダヤ人だけではなく、非常に多くのスィンティとロマをアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所に送りこみ、約50万人が犠牲となりました。ナチスの殺戮政策は人種的優越妄想の上にたち、少数民族を完全に絶滅することを目標としました。この想像を絶する大規模犯罪行為を歴史に残すために、2001年8月から国立アウシュヴィッツ博物館でロマの大量殺戮の記録が常設展示されるようになりました。そして、その2年後にはそれら展示物を収録した図録が出版されました。これらの実現には、IMADR創設時よりメンバーとして参加をしてきたドイツ・スィンティ・ロマ中央委員会の大きな働きかけがありました。2010年、IMADRは日本においてこの人道に反する残忍な犯罪の記録を紹介するため、常設展図録の日本語版『ナチス体制下におけるスィンティとロマの大量虐殺』(ロマニ・ローゼ編/金子マーティン訳、反差別国際運動発行)を刊行しました。

 

ドイツ・スィンティ・ロマ中央委員会:ドイツにおけるスィンティとロマの11の州協会と地方協会によって、1982年2月に設立されました。ロマニ・ロゼ議長(IMADR理事)が代表を務めています。ハイデルベルクに事務所があり、資料館の「ドイツ・スィンティ・ロマ資料文化センター」が隣接しています。設立以来、スィンティとロマに対するジェノサイドを組織的に調査し、報告書や資料によって事実を証明しています。また、ドイツにおけるスィンティとロマに対する人種主義的な報道に是正を迫ったり、権利の確立のための政府への政策申し入れなどの活動を行っています。

スィンティとロマの呼称:どちらもこの少数民族独自の言語であるロマニ語での自称です。スィンティは中世後期から中央ヨーロッパに定住した少数民族の構成員であり、ロマは南東ヨーロッパからドイツへ流入した構成員を指します。しかしドイツ語圏以外ではロマあるいはロム(人間の意味)という言葉が少数民族全体の呼称として使われています。(『ナチス体制下におけるスィンティとロマの大量虐殺』より)

 

ロマの音楽
『ジプシー・スピリット ハリ・シュトイカーの旅』 紹介フィルムはこちらから
オーストリアに住むロマのミュージシャンであるハリ・シュトイカーとモシャ・シシッチが、ロマ発祥の地であるインド北部のラジャスターン州を訪れ、文化の源流を探る旅を続ける・・・。インドの音楽家との出会いやコラボレーションもある1時間20分からなるDVDです。IMADRは版元の許可をえて日本語訳付き(金子マーティン訳)のDVDを作成しました。希望者に貸し出しをしています。ご希望の方はIMADRまでお問い合わせください。

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