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報告:第14回国連ビジネスと人権フォーラム

2025.12.20

全体について
 2025 年 11 ⽉ 24 ⽇から 26 ⽇の3⽇間にわたり、第 14 回国連ビジネスと⼈権フォーラムがジュネーブで開催されました。今年のテーマは、「危機と変革の中でビジネスと人権に関する行動を加速する」でした。ここでいう「危機」は、戦争や紛争、気候変動、その他の人権に対する攻撃を含みますが、特に懸念されたのは、アメリカ合衆国の政権に見られる、民主主義や国際協調・人権尊重に対する危機的状況、そして国連やNGOの財政危機でした。
 2024 年に開催された第13 回フォーラムの会場は改装工事中とのことで、今回は国連欧州本部の別の建物が会場として使われました。会場が異なっただけではなく、セッションの数も昨年に比べて絞られており、2024 年は3つのセッションが同時並行で開催されていたのに対して、2025 年は2つのみでした。そして、公式ウェブサイトでも会場でも、このフォーラム自体への寄付を呼び掛ける告知が掲示されていたのも 2024 年との違いです。

開会セッション
 開会セッションは、世界的な「複合危機」(poly-crisis)の最中において、多様なステークホルダーが国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)の実施を定着させ、拡大させる方法に関する議論の基礎を設定するものとして、各分野からハイレベルのスピーカーが登壇しました。
 ディスカッションの中で、Volker Turk人権高等弁務官は、現在が人権にとって難しい時であることを確認するとともに、ビジネスは法の支配、司法制度の恩恵を受けていることを指摘し、したがって、ビジネスこそ、法の支配や人権の保障に積極的に立ち向かう必要があると述べました。
 また、Ugochi Daniels ( 国際移住機関 IOM)は、GXやDXが求められている今こそ、そうした変革の機運を人権の擁護のためのチャンスとすることができると述べました。新しい移民政策を考える時にも、人権ベースのアプローチが重要であるとされました。「移住労働者の権利を守ることは、周縁的な問題ではない」「公正なリクルートとディーセントワークは、基準として設定できる」と言われたことが印象的でした。
 Lourdes Castro Garcia(コロンビア政府)は、多国間主義が危機に瀕している中で、ビジネスと人権を進めるためには政府も戦略を持つ必要があり、コロンビア政府は政策の中にこれを取り込んでいくと宣言しました。                                           Richard Bronsonは、ビジネスリーダーは人権問題の緊急性を理解し始めているが、彼・彼女たちはそのことについて発言していく必要があると述べました。そして、ビジネスが解決策の一部になる必要があると述べました。
 Christine Kaufmann (OECD) は、ビジネスと人権の問題が、企業にとって複雑すぎるとしても、身近なところから始める必要があると述べました。そして、企業が人権に関してデータを集め、報告をすることによって、「レポート疲れ」が起こっているとして、改めて、人権デューディリジェンスや報告は、指標や統計のために行うのではなく、人々のために行う必要があるということを指摘しました。ビジネスと人権に関する議論の中で、指標や統計、関税などの話題に埋もれてしばしば「人」が抜けているとの指摘がありました。
 Lena Julle は (IKEA)、IKEA においては実行可能でかつ測定可能な方法で、サステナビリティーを実践していることを紹介しました。IKEA 社内でも、サプライヤーや市民社会との関係性の中でも、人やパートナーシップを大事にしていると述べました。
Manana Kochladze は、国際金融機関が、人権や民主主義を反映した政策を共同で策定して実施する必要があると指摘しました。
 Eirik Larsen は、先住民族の観点からは、土地が非常に重要であり、例えば言語も、土地とのかかわりの中で維持されていると指摘しました。そして、先住民族はステークホルダーと言われることが多いが、実はライツホルダー(権利の当事者)であり、権利は保障される必要があるから、権利中心のアプローチが必要であると述べました。

スピーカー
Volker Turk(国連人権高等弁務官)
Ugochi Daniels(国際移住機関オペレーション担当事務次長)
Lourdes Castro Garcia(コロンビア政府人権及び国際人道法担当大統領顧問)
Richar Branson(ヴァージングループ創設者 *ビデオメッセージ
Christine Kaufmann(OECD 責任あるビジネスコンダクト作業部会座長、チューリヒ大学教授)
Lena Julle(Inter IKEA グループ チーフサステナビリティオフィサー)
Manana Kochladze(CEEバンクウォッチネットワーク 民主化と人権戦略エリアリーダー)
Eirik Larsen(サーミ評議会人権ユニット責任者)
モデレーター
Pichamon Yeophantong(国連ビジネスと人権作業部会座長)

セッション「DEI にもう一度コミットして、守る」
「インクルーシブなビジネス慣行のためのツールとして指導原則の実行を進める」とサブタイトルのついたこのセッションは、次のことを前提としています。職場やサプライチェーン全体における人権擁護の動きを後退させるかのような現在の動きに対して、国家と企業は、政治情勢にかかわらず、すべての人にとって包摂的で安全かつ人権を尊重する職場を確保するため、誓約したことを再確認し、行動を強化する必要がある。 国連ビジネスと人権に関する指導原則は、急速なデジタル化・経済・地政学的変革の中で、無差別と平等に関する人権義務・基準に沿うよう国家と企業を支援する明確な行動枠組みを提供している。
 セッションでは、職場における非差別に関するビジネスと人権作業部会の取り組みを基礎としてディスカッションが行われました。その中では、政権からの圧力により、企業の報告書からDEIの記載を削除した企業があること、これに対して、株主に対する忠実義務を果たせなくなる可能性や、コストはかかるとしても戦い続けることが必要であり、その場合には一定の立場をとって決断をする必要がある場合もあることが指摘されました。
 また、障害のある女性の社会参加に関して、こうした人々はそもそも家から出ること自体が難しい一方で、障害を持つ人の数は実は多いため、障害を持つ人に対応することには経済的・社会的なインパクトがありうると指摘されました。そして、インクルーシブな社会のためには、法律で差別の禁止を明確にする必要があること、また、平等への権利を持つことはビジネスと人権に関する指導原則が明言しているとの指摘がありました。

提言
• 参加、説明責任、透明性、無差別、エンパワーメントに基づく、ジェンダー平等、多様性、包摂の促進に関する国家及び企業の取り組みと行動を強化する。
• 障害を含むケア政策について国家と企業に情報を提供し、職場レベルにおける障害のある従業員および障害のある扶養家族を持つ従業員へのケア提供に関連する効果的な対応策について議論する。
• LGBTI+の人々、有色人種、障害のある人々がビジネス活動に包含されることを示す実践的なツール、積極的な取り組み、革新を強調する。これらは、特に世界的な政治的・社会的、そして法的な変化の文脈において、持続可能なビジネス実践、イノベーション、人材獲得、財務的パフォーマンスの重要な成功要因である。

スピーカー
Carmen Montserrat Rovalo Otero 在ジュネーブ・メキシコ政府代表部人権大使
Fernanda Hopenhaym 国連ビジネスと人権作業部会
Erika George ボストン大学ロースクール教授
Alvin “Toni Gee” Fernandez Mujer LGBTエグゼキュティブディレクター
Shamarukh Fakhruddin(Urmi Group/Bangladesh Business and Disability Network)
モデレーター
Ken Janssens(オープンフォービジネスCEO)

セッション「困難な時代における中小企業の人権デューディリジェンス」
 本セッションでは、コストなどの問題でしばしば困難と言われる中小企業での人権デューディリジェンスについて、これを支援する新興技術の手法を検討しました。多国籍企業のようなデューディリジェンスの能力を持たず、多層的なサプライチェーンの複雑さと不透明性により重大な課題に直面しがちな中小企業においては、新しい技術が有用です。実用的なイノベーションや新たな連携により、中小企業による効果的な人権デューディリジェンスが実現しつつあり、特にAIを活用したサプライチェーン分析といった新技術は、隠れたリスクの特定や直接取引先を超えた可視性向上において重要な役割を担い始めていることが紹介されました。
 九州大学のイニシアチブによるスタートアップは、AIを活用して、中小企業のサプライチェーンのどのような部分にリスクがありそうかを予想して、企業が行うべきことの優先順位や範囲を限定することが可能になるとされました、中小企業がお金や時間をかけて人権デューディリジェンスを行うのは複雑すぎるため、行うことを限定する必要があるためです。
 また、デューディリジェンスの際に、performance(成果)を測るのかpractice(実践)を測るのかで混乱が見られるという指摘も出ました。
 そして、中小企業での人権デューディリジェンスが重要、あるいは新しい技術が出てきているといっても、結局は費用を誰が負担するかという問題があるという指摘もあり、これに対しては、最終的には皆が負担しないといけないが、データを得ることで利益を得る人が第一義的には払うべきではないかといった議論が行われました。

スピーカー
Rafael Tiago Benke(Proactiva CEO)
Claudia S. de Windt (InterAmerican Institute on Justice and Sustainability CEO)
坂井稜介 (aiESG, Inc)
Tom Adams (60 Decibels)
モデレーター
Jernej Letnar Černič(New University准教授)

セッション「AI 時代に人権を守る」
 AI を開発、調達、または導入する企業は、国連ビジネスと人権に関する指導原則が定める通り、人権を尊重する責任を負いますが、これには人権デューディリジェンスの実施が含まれ、AIの文脈では早期かつ継続的、状況に応じた対応が必須です。また、特にリスクに晒されるコミュニティを含む、ステークホルダーとの実質的な関与が不可欠です。国家もまた、AI関連の危害から個人を保護する義務を負っており、企業行動を人権と整合させるためには規制と政策措置の「スマートミックス」(適切な組み合わせ)が求められます。これには、人権デューディリジェンスをAI規制に組み込み、国内レベルと国際レベルの一貫性を確保し、規制アプローチを安全やセキュリティだけでなく、人権に根差すようにすることが含まれます。こうした問題意識から、本セッションでは、AI自体に潜む人権問題について意見が交わされました。
 議論の中では、公共調達の場面で、経済主体としての国が人権を守っていることをどのようにしてチェックするかを考える中で、規制主体としての国が法律による規制によって人権を守ることが考えられますが、そうした法律(ハードロー)が指導原則(ソフトロー)に置き換わるのではなく、ハードローができても指導原則は引き続き意味があり適用されるという指摘がありました。そして、公共調達は市場を形作る効果があり、パワフルなツールとなりうることが紹介されました。
また、韓国では国家人権委員会が作ったチェックリストを使って人権デューディリジェンスを実施しているとの紹介がされました。

提言
• 公共調達プロセスがAI導入における人権保護の最前線防衛として機能する方法を検証する。
• AI、ジェンダー、デジタル権利の交差点を考察し、国連ビジネスと人権に関する指導原則が人権尊重型イノベーションをいかに導くかを検討する。
• 投資家と市民社会が企業の人権尊重を推進し、AI関連の被害に対する企業の説明責任を問う役割を強調する。
• 権利基盤型AIガバナンスを支援する実践的なツール、枠組み、データソースを特定する。

スピーカー
Lyra Jakuleviciene(国連ビジネスと人権作業部会)
Isabel Ebert (OHCHR B-tec)
Thobekile Matimbe (Paradigm)
Luda Svystunova (Amundi)
Jinhwa Ha(Kakao)
Anna Lupi(欧州委員会)
モデレーター
Emma Kallina

サイドイベント:OHCHRビジネスと人権ヘルプデスク開設
 国連人権高等弁務官事務所 (OHCHR) がビジネスと人権に関するヘルプデスクを開設したことを紹介するサイドイベントが開催されました。誰でも利用可能なヘルプデスクで、指導原則の解釈や実施方法について個別に回答するとされていました。ヘルプデスクは、具体的な人権デューディリジェンスの相談や企業のコンサルティングは受けつけないとのことですが、国連機関に市民社会も企業からも直接アクセスが可能とされており、多くの利用者が見込まれます。

報告: 尾家康介(弁護士、IMADR特別研究員)