2023.08.8

「記憶にとどめることは私たちの義務であり責任である」スィンティ・ロマ・ホロコースト追悼記念日 

アウシュヴィッツ強制絶滅収容所跡の画像。
左右にレンガ造りの建物。その間に両側を鉄条網で囲われた小道が写っています。
アウシュヴィッツ強制絶滅収容所跡(2009年3月, IMADR撮影)

ヨーロッパ・スィンティ・ロマ・ホロコースト追悼記念日2023とドイツ・スィンティ・ロマ中央委員会 2023年8月2日付プレスリリースより (英文プレスリリースはこちら

1944年8月2日の夜、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制絶滅収容所で、最後の4,300人のスィンティとロマが、激しく抵抗したにもかかわらず、SS(親衛隊)によって強制的にガス室に入れられ、殺害された。ニコラ・ビール 欧州議会副議長は、収容所B II eの崩壊 79周年を記念し、欧州議会代表初の高位高官として、人道に対する罪が行われた現場において、スィンティ・ロマ・ホロコースト追悼日のスピーチを行った。ドイツ・スィンティ・ロマ中央委員会とスィンテ・ロマ文化資料センターは、ポーランドのロマ協会とともに、アウシュヴィッツ・ビルケナウ国立博物館の協力を得て、ナチス占領下のヨーロッパで殺害された50万人のマイノリティ集団の追悼行事に副議長を招待した。

「記憶にとどめることは私たちの義務であり責任です。スィンティとロマのホロコーストを世代を越えて語り継いでいくことは、私たちの共同責任です」と、ビール副議長はアウシュヴィッツ・ビルケナウ絶滅収容所跡地にあるスィンティ・ロマの追悼碑の前で述べた。ニコラ・ビール副議長はさらに、「あらゆる形態の差別や人種差別に対して社会として闘うことは追悼の中核にあります。長年の努力にもかかわらず、今のヨーロッパには差別はまだ存在します。反ジプシー主義は、依然として私たちの社会に蔓延する人種差別の一形態です」。副議長は、欧州議会とその加盟国に対し、反ジプシー主義をはじめとするあらゆる形態の人種差別に対する取り組みを強化するよう呼びかけた。

ブレーマーハーフェン出身のゲルダ・ポールは、スィンティ・ロマのホロコースト生存者を代表してスピーチした。1939年生まれのゲルダは、運よく家族とともに森に隠れたため、強制送還を免れた。また、彼女の亡き夫ホルスト・ポールは、両親や兄弟姉妹とともにアウシュヴィッツに強制送還され、そこで疑似医学実験によって虐待された。

「戦後も、私たちはドイツでスィンティとして多くの屈辱を受けなければならなかった。ナチス政権と同じように、この経験も私のその後の人生に消すことのできない傷跡を残しました」と語った。スピーチのなかで、ゲルダ・ポールは参列者たちに強く呼びかけた:
「人種差別に遭ったら必ず闘うよう、心からお願いします。特に若い世代に呼びかけます、『ドイツ、ヨーロッパ、そして全世界の未来は、あなた方の手に委ねられているのです。』」

ドイツ・スィンティ・ロマ中央委員会議長のロマニ・ローゼはスピーチの中で、ヨーロッパで民主主義への敵対的態度が高まっていることに警鐘を鳴らした。反ジプシー主義、反ユダヤ主義、人種主義は、ヨーロッパの多くの国々で再び日常生活の一部となっている。しかし、反ユダヤ主義と同様に、反ジプシー主義を非合法化することは、EUとその加盟国の主張でなければならない。したがって中央委員会は、連邦警察が、2023年1月27日、国際ホロコースト記憶連盟の反ジプシー主義/反ロマ差別の実用定義に署名したことは、ドイツのスィンティとロマに対する法の状態を示す重要なシグナルであり、前向きな変化であると捉えている。この定義に基づき、連邦警察はあらゆる形態の反ジプシー主義を違法とし、断固とした措置をとっている。「今日、アウシュヴィッツのこの地から、私はドイツ全州のすべての内務大臣に対し、ナチス政権時代と1945年以降の警察における不正の歴史を学術的に検証することを求め、スィンティとロマに対する人種差別的で先祖に基づく反ジプシー主義的な登録と差別的慣行を完全に終わらせるよう求める」とロマニ・ローゼは促した。

ポーランド・ロマ協会会長ロマン・クヴィアトコフスキは、スピーチの中で、ウクライナに対するロシアの侵攻について言及した。「激しい戦争の影が忍び寄るここアウシュヴィッツ・ビルケナウで、追悼の集まりをもつのは今年で2度目となります。これが最後となることを願います。ロマを含みウクライナで防衛している人たちは、自由世界の人民と政府の連帯がなければ、ロシア侵略者の武力に抵抗する決意は充分ではなかったでしょう」と強調した。

国際青年追悼イベント “Dikh He Na Bister”(ロマニ語で 「見よ、そして忘れるな」という意味)を代表して、ジョージナ・ラボダはホロコースト生存者たちに向けて次のように述べた。過去に起きたことについて、皆さんは私たちの目を開いてくれました。皆さんの抵抗、相互尊重、そして愛への呼びかけは、常に私たちの運動に不可欠なものです。皆さんは、私たち若いロマとスィンティに、反ジプシー主義、反ユダヤ主義、人種主義に立ち向かう勇気を与えてくれました。

アウシュヴィッツ・ビルケナウ記念館で行われた追悼行事に、反ジプシー主義を担当するドイツ連邦議会の議員数名と連邦各州の代表者が初めて参加した。彼・彼女らは、連邦政府の反ジプシー主義およびシンティ・ロマの生活委員であるメフメット・ダイマギュラー博士と、テューリンゲン州の法務大臣兼反ジプシー主義委員であるドリーン・デンシュテット氏の招待を受けて参加した。「殺害された50万人のスィンティとロマを心から追悼するには、断固として反ジプシー主義と闘わなければなりません。そのためには、連邦レベルと州レベルにおける政府と社会の強い決意が必要です」と、メフメット・ダイマギュラー博士は明言した。

背景
8月2日は、2015年に欧州議会により「スィンティとロマのための欧州ホロコースト記念日」と認定された。毎年8月2日にアウシュヴィッツ・ビルケナウ記念館で開催される国際的な追悼行事は、アウシュヴィッツ・ビルケナウ州立博物館の協力のもと、ドイツ・スィンティ・ロマ中央委員会、文化資料センター、ポーランド・ロマ協会によって行われている。多くの国から集まったスィンティとロマのコミュニティのメンバー、ポーランドの国家機関と国際機関の代表者、各国の大使やその他の外交関係者が参加した。ハイデルベルク文化資料センターは、国際ロマネットワークTERNYPEとともに、「Dikh He Na Bister」(「見よ、そして忘れるな」)というタイトルのもと、クラクフで数日間にわたる啓発イベントを開催し、200人以上の若いスィンティとロマ、そしてヨーロッパのマジョリティ社会のメンバーも記念行事に参加した。

記念行事はライブ配信された。URLはこちら https://www.roma-sinti-holocaust-memorial- day.eu/
動画はドイツ語、英語、ポーランド語、ルーマニア語で常時閲覧できる。

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