IMADR通信
NEWS LETTER
交差性のレンズで見る、世界で起きている人権課題
IMADR事務局
世界中で起きている複雑な人権課題。私たちが知っておくべきことはたくさんあります。ここでは、レイシズムに関する特別報告者、アシュウィニ・K・Pが、国連人権理事会59会期に提出した交差性に関する報告書* をもとに、世界の人権課題を交差性のレンズから見てみます。
交差性(インターセクショナリティ)とは?

「交差する形態の差別とは、2つ以上の根拠が相互に作用し合い、独特かつ複合的な差別体験を生み出す場合に生じる。その根拠には、人種、肌の色、世系、国籍もしくは民族的出身、年齢、性別、ジェンダー、性的指向、性自認、性表現、性徴、社会経済的地位、移民の地位、障害、少数者としての地位、 先住民族の出自、健康状態、政治的またはその他の意見、宗教または信条、その他の地位」などが含まれる。
このように複数の根拠が相互に作用し合っている複合的な差別を明らかにする視点は交差性のレンズと呼ばれている。 「交差性のレンズを用いることは、相互に絡み合い、社会的に構築された複数の状況、特性、地位、経験、アイデンティティおよび構造というプリズムを通して、人権侵害を明らかにするものである」。
世界で起きている差別の事例を交差性のレンズで見てみよう
■ブラジル
アフリカ系の子どもが経験する差別は、ジェンダー、人種、民族、社会階級などの要素が重なりあうことで、その時々に変化する。例えば、ブラジルのアフリカ系の少女は、年齢と人種により二重の差別を受け、良質の教育インフラや資源を十分に利用できない。また、アフリカ系の子どもたちは、学校内での根強い人種差別によるいじめにあっている。この背景には、ヨーロッパ中心主義的で植民地主義的なカリキュラムや、アフリカ系ブラジル人の文化・歴史を促進する取り組みが不十分であることが考えられる。
■中東地域
カファーラ制度の下、移民労働者や家事労働者は、差別や構造的な抑圧に直面している。湾岸諸国で広く採用されているこの制度では、雇用主が労働者の法的な身元保証人になるため、搾取や人権侵害につながりやすい。特に、女性家事労働者は、カファーラ制度と雇用主の家での住み込み(労働規制の適用対象外)により、搾取や虐待、性暴力を含む暴力にさらされやすい。カファーラ制度は、人種、性別、肌の色、宗教、階級に基づく階層構造を反映しているとされ、同地域の歴史的な奴隷制の遺産である。
■米国
米国の刑事司法制度では、人種的・民族的に周縁化されたコミュニティ出身の女性、特に死刑判決を受けた/受けるリスクのある女性が制度的で交差的な差別の影響を受けている。アフリカ系女性やラテンアメリカ系女性は、貧困、障害、ジェンダーに基づく暴力をうけやすく、こうした暴力は、女性死刑囚の間で多く経験されている。また、奴隷制や人種隔離の負の遺産を反映した刑事司法制度のもと、人種やジェンダーの複合的な偏見により死刑判決をはじめとした誤判の被害者になりやすい。
■ロシア連邦
LGBTQ+の人々を標的とした差別的な法律が導入され、交差的な差別や周縁化を経験している人々に特有な影響を及ぼしている。それらには、性別適合療法の禁止、最高裁判所によるLGBTQ+運動の禁止および「過激派」指定、「ゲイ・プロパガンダ禁止法」(あらゆる年齢層に対するオフライン・オンライン上の「非伝統的な性的関係の宣伝」を禁止するもの)が含まれる。差別的な法律の施行と誤った適用やそれに伴う弾圧は、ステレオタイプや敵意を煽り、強化し、性別、民族、宗教、年齢、出身地域などに基づき周縁化されている人々を、複合的な排除や不可視化にさらす。
■欧州
ロマの人々は、民族、人種、階級、慣習的な職業、世系、移民の地位、学歴などに基づく構造的で制度的、交差的な差別と排除に直面し、教育、雇用、医療・保健サービス、住居へのアクセスを制限されている。また、人種化された固定観念、ヘイトスピーチ、ヘイトクライムは、ロマをさらに社会の周縁へと追いやっている。
ロマの女性、若者、高齢者、LGBTQ+の人々、障害のある人々は、複合差別に直面しやすい。ロマ女性は、ジェンダーに基づく暴力や強制不妊手術の被害を受けやすく、こうした行為は、しばしば不処罰のままで放置される。また、ロマ女性は非ロマ女性より平均寿命が11年短い。15歳未満と65歳以上のロマは、同年齢の非ロマに比べて貧困に陥る可能性が高く、若年層のロマは、民族性を理由とした嫌がらせを受けることが多い。
■パレスチナ占領地
占領と組織的暴力、及び、人種、宗教、地理的要因が重なることで、パレスチナ人女性や少女は深刻な人権・人道の危機にさらされている。ヨルダン川西岸地区におけるイスラエルの入植政策と水資源の管理は、イスラエル人入植地への給水を優先させている。結果、一部のパレスチナ人コミュニティで水不足が生じ、パレスチナの女性や少女は衛生のために必要な水にアクセスできない。また、イスラエルの政策による農業部門の衰退は、パレスチナ人女性の雇用機会に負の影響を及ぼし、女性たちを経済的不安定や孤立、抑圧に追いやっている。
■南アジア
ダリットは、カースト、性別、性的指向、経済的地位、障害、宗教により交差的な差別に直面し、教育、雇用、保健、政治参加、司法へのアクセスを阻まれている。
ダリット女性の70.4%が、医療を受けることが難しいと報告され、その背景には、制度的なカーストに基づく差別、不十分な医療インフラ、経済的な不安定さがある。また、ダリット女性は特に、手作業による糞尿処理(マニュアル・スカベンジャー)といった非正規で危険な労働に従事することが多く、清潔な水、医療、商品やサービスなどの利用を拒否されやすい。
カーストやジェンダーに基づく暴力は社会階層の固定化を強化し、司法制度における構造的な差別により、加害者が処罰されない結果をもたらす。LGBTQ+のダリットは、身体的・性的暴力にさらされやすく、ダリットの子どもたちは、学校で体罰を受けやすい。障害のあるダリットの子どもたちは、利用できる支援が十分なく、より虐待を受けやすい。
■メキシコ
ヨーロッパと先住民族の文化の融合を反映する「メスティサージョ(混血)」のアイデンティティに関する誤った言説により、アフリカ系住民や先住民族に対する人種差別は「不可視化」され、社会や制度に組み込まれてきた。国内の法律が人種を差別の根拠として認識していないことが、こうした差別をさらに「不可視化」し、悪化させている。
アフリカ系住民や先住民族は、とりわけ刑事司法制度や刑務所制度において、人種、民族、肌の色、性別、貧困に基づく構造的で交差的な差別を経験している。司法制度における異文化間の視点の欠如により、法執行官による人種プロファイリング、人種的ステレオタイプに基づく犯罪の捏造、恣意的な拘禁、人種的偏見といった差別的な扱いを受けやすい。
*A/HRC/59/62
IMADR通信227号 2026/8/20発行