IMADR通信
NEWS LETTER
IMADRアソシエイツに会いにいく
アナスタシア・クリックリー
IMADR理事、元人種差別撤廃委員会委員長、アイルランド メイヌース大学名誉教授
Q:どのような活動を行い、どのような課題に取り組んできましたか?
私はこれまで草の根から世界・国際的なレベルへ、というアプローチの活動を続けてきました。しかし今、これまで抱いてきた草の根や国際という概念やアプローチを再考する時期に差しかかっていると思います。なぜなら、今や「ローカル」こそが「グローバル」のようになってきたからです。今やどの国においても、単一民族である、同質であるとは決して言えなくなりました。しかし、未だに多くの人が自分たちの社会は同質であると認識しています。地域と世界を結びつけるという考えは、これまで多くの場合、自分たちの外へ目を向けることを意味していました。しかし実際には、私たちはすでにグローバルな存在であり、国際的に守られた人権を享有しています。そして、どの社会にも何らかのグローバルな要素があります。その社会に唯一存在すると認められていた集団に属さない人、あるいは自分たちはその唯一の集団の一員ではないと考える人びとが増えています。それこそが本当に重要な出発点だと考えます。
私はアイルランドでは、「パビー・ポイント」というトラベラー・ロマ・センターに今も関わっています。トラベラーやロマはここアイルランドでも、また他の地域でも、非常に独特な形の差別に直面しています。また、極右勢力に対抗するための地域レベルおよび全国レベルの取り組みにも関わっています。ほかにも、コミュニティワークを活用して地域社会を共同で運営していく「コミュニティ・ワーク・アイルランド」という団体の政策・実践委員長も務めています。この団体は、それぞれのコミュニティで自分たちの問題に取り組んでいるグループを意思決定に巻き込み、一緒に活動するという手法をとりいれています。その活動を通じて、ダブリンやその他の地域の様々なグループとも連携しています。例えば、南西部の離れた所にあるリムリックという町では、この間、トラベラーやロマだけでなく、庇護希望者にも極めて特有の人種差別が行われてきました。先週、地元でこの問題に取り組んでいるグループを訪問し、活動を強固にするために協議をしてきました。反人種差別の活動には、そうしたつながりが重要だと考えています。
Q:現在、アイルランドにおける人種差別の主な課題は何でしょうか?
アイルランドには「人種差別対策国家行動計画」があります。法律も整備されています。欧州連合(EU)の加盟国は各国内で平等指令が適切に実施されるよう、関連する国内法を整備する義務があり、その義務の一つが人種差別に対処する法律の制定です。アイルランドでは平等法がまさにそれですが、依然として人種差別は続いています。法律だけでは人種差別は解決しません。例えば、医療が大幅に改善されたにも関わらず、トラベラーやロマの多くは慢性的な健康問題を抱えています。失業率は依然として非常に高く、雇用においても明白な人種差別が存在しています。そして、数世代にわたる差別や世代間トラウマも、トラベラーやロマに極めて大きな影響を及ぼしています。多くのトラベラーにとって自分の出身を明らかにすることは、差別の被害や不利益に直接つながっています。それにも関わらず、彼らが直面する困難や問題は自己責任・自業自得であるとみなす人が未だにいます。これらは極めて人種差別的な見方です。
多くの調査が示すように、アイルランドでの多様性に対する受容性は非常に高く、人口の大多数が多様性をよいものと受けとめています。しかしながら、特定のグループ、例えばトラベラーやロマ、移民、難民に対する差別の煽動やヘイトスピーチは後をたちません。さらに、AIやソーシャルメディアが、それらの人びとに対する酷い非難や攻撃、差別、憎悪の煽動を大規模かつ容易にする環境を作り出しています。調査結果などからは、実際にそうした行為を行う人はごく少数であるにも関わらず、その影響は非常に大きくなっている状況が見えてきます。これこそが、私たちが今、緊急かつ戦略的に、細心の注意をもって直接取り組まなければならない課題の一つだと考えています。
Q:何か良い取り組みや成功事例はありますか?
1985年にパビー・ポイントが設立された当時、社会は広く一様に「トラベラーは、1845~1848年のアイルランド大飢饉からの『ドロップアウト(落伍者)』である」と捉えていました。実際、1985年までの政策はすべて、トラベラーの文化やアイデンティティを無視し、社会に同化させることに重点を置いていました。現在はそのような認識はありません。今では自らをトラベラーであると自認する人の数、トラベラーのなかで大学に進学する人、そして博士号を取得し大学で教鞭をとっている人の数(まだごくわずかですが)にも変化が表れています。文化や芸術の分野でトラベラーとして成功している人、作家や学者も少なくありません。そして男女を問わず、公に活動し発言するトラベラーのリーダーがいます。これらすべてが変化をもたらし始めています。
もう一つは、トラベラー向けの住宅政策を勝ち取ったことです。施行にはまだ課題があるものの、政策が確実にあり、一つの基盤となっています。この政策はトップダウンで導入されたのではなく、全国各地の草の根のトラベラー団体がキャンペーンを行い、働きかけを行ったことで実現しました。
国レベルでは人種差別対策国家行動計画があり、地方レベルでは多くの地域コミュニティ団体の活動方針に人種差別への取り組みが含まれるようになりました。「Together for All(すべての人のために)」や「Welcoming(歓迎します)」と呼ばれるグループが多数存在しています。地域から始まった取り組みで規模も小さく、十分な資金があるわけではないし、スタッフさえいない場合もあります。しかし、こうした地域レベルの取り組みは人びとの考え方を変えつつあり、多様性を歓迎するアイルランドを目ざす人は多くいます。世界は自分たちだけではない、そういう気づきが人びとの間で芽生え始めています。
アイルランドには、公務員が提供するサービスとその提供方法に関する義務を規定した「公共サービスの義務(Public Service Duty)」という極めて重要な文書があります。今これに、人種差別に歯止めをかけるような形でサービスを提供しなければならないこと、そして、法律の適用やサービスの提供時に人種差別的であってはならないことが含まれるようになりました。
Q:未来に託すことがあるとすれば?
今後、若者が果たす役割も重要です。ヘイトスピーチがソーシャルメディアにあふれ、特定の人たちがそれを拡散しています。彼らは利用者の意識や傾向に大きな影響を及ぼす力をもち、さらにはそれらを掌握できる力を持っています。実際にそれを行っているのは少数の人間であるにもかかわらず、重大で深刻な影響がでています。こうしたなか、「人種差別やヘイトスピーチは間違っている」と言うだけでは効果が限定的で、具体的な変化や解決につながることはほとんど望めません。現代の若者の中には、極右的であったり過激な思想に影響を受けやすい人がいることは確かです。しかし同時に、これまでの私の経験から言えば、自分たちのこと、社会のこと、そして世界の未来を懸念している若者も多くいます。そのために具体的に活動している若者がいるし、今はまだ形になっていなくとも、将来、良い変化を生み出す可能性を持った人も多くいます。そうしたことに未来を託したいです。
インタビュー・文:白根大輔
2026年5月 オンラインインタビュー
<アイルランドのトラベラーズ>
ロマはヨーロッパ最大のマイノリティであり、トラベラーはロマの一部をなす民族集団である。
アイルランドのトラベラーズの人口は約36,000人で、全人口の1%にも満たない。
差別や排除により、就労、保健・医療、住宅、教育など生活のあらゆる分野で厳しい状況にある。
IMADR通信226号 2026/6/3発行