IMADR通信
NEWS LETTER
【報告】シンポジウム・人種差別根絶への多角的アプローチ
日本が人種差別撤廃条約に加入してすでに30年が経った。条約の国内実施が遅々として進まないなか、IMADRは人種差別撤廃条約の専門家二人を迎え、3月16日に国際協議、3月17日にシンポジウムを開催した。国際協議では、昨年12月に人種差別撤廃委員会が日本政府に出した事前質問リスト(59項目)をもとに個々の差別の問題をとりあげ、問題解決に向けた運動の方向性と戦略について専門家をまじえて協議を行った。
シンポジウムでは、専門家二人に加え、韓国のNGO、日本弁護士連合会、外国人人権法連絡会、ERDネットから、それぞれの人種差別撤廃の取組みについて報告し、議論をした。シンポジウムの一部について概要を報告する。
ギュン・クトゥ(国連人種差別撤廃委員会委員)
国連・人種差別撤廃委員会(CERD)委員のギュン・クトゥさんは、昨年採択60周年を迎えた人種差別撤廃条約(ICERD)の意義と、同委員会の具体的な活動内容について概説した。クトゥさんはまず、委員会が地理的な配分を考慮して選出された18名の独立した専門家で構成され、政府代表ではなく個人の資格で活動する組織であることを強調した。
委員会の主な任務として、クトゥさんは6つの機能を挙げた。中心となるのは、締約国から提出される報告書の審査である。このプロセスは「対立」ではなく「対話」であり、委員会は各国が抱える固有の課題に対し、建設的な助言を行う「総括所見」や「勧告」を示す。クトゥさんは「締約国の良好なパフォーマンスこそが委員会の成功である」と述べ、条約の履行が国家の義務であると同時に、人種差別との闘いにおける協力的なプロセスであると語った。
一方で、日本が未だ受諾していない「個人通報制度(第14条)」や、「早期警戒・緊急手続」についても言及。特にNGOなどの市民社会組織との連携は、2010年代半ばから公式な対話へと発展しており、多角的な情報収集において不可欠な要素となっている。
最後にクトゥさんは、世界の人種差別の現状について、「人種差別から免れている国家は一つもない」と断言した。人種差別撤廃条約が採択された1965年と比較すれば多くの進歩が見られると述べつつ、解決されるべき課題もまた多く残されていると付け加え、この闘いの成否を分けるのは、各国の「政治的意志」に他ならないとした。政治的意志が弱まれば取り組みは失敗し、それが確固たるものであれば、歩みは実り多いものになる。クトゥさんは、差別撤廃に向けた不断の努力と、国家としての強い決意の継続を訴え、講演を締めくくった。
アナスタシア・クリックリー(国連人種差別撤廃委員会元委員)
CERD元委員のアナスタシア・クリックリーさんは、アイルランド出身者としての個人的な背景を交えながら、人種差別を「個人の行為」ではなく「構造的な問題」として捉える重要性を語った。クリックリーさんは、かつて単一文化社会と信じられていたアイルランドにおいて、「トラベラーズ」が長年不可視化されてきた歴史を引き合いに出し、2017年に少数民族として承認されるに至るまでの市民社会の闘いを回想。日本を含むあらゆる国家において、その社会の構成員の中には多様なアイデンティティが存在することを認め、すべての人びとに権利があること、さまざまなレベルの社会参画を平等に保障することの必要性を強調した。
クリックリーさんが特に強調したのは、条約第1条が定める「目的だけでなく、効果における差別」という視点だ。差別を意図的な個人の過失としてのみ捉えるのではなく、社会のシステムや機関の中に埋め込まれた「構造的な抑圧」として理解することで、初めて制度的な変革が可能になる。クリックリーさんは、「人種」概念は社会的な神話だとしつつも、その概念を形作ってしまう「人種化のプロセス」がはびこっていることは厳然たる事実だと指摘し、これが「人間から人間性を奪い、憎悪を正当化する有害でグローバルな抑圧」に利用されていると指摘した。
また、国際的な枠組みの活用についても触れ、ダーバン宣言に基づくさまざまなマイノリティに関する統計データの収集や、2023年に行われた日本の普遍的定期的審査(UPR)ではマイノリティの権利に焦点が当てられたことにも言及し、それらの重要性を指摘。さらに、これからの人権運動を「第3世代」と位置づけ、法律家や政策立案者だけでなく、当事者である権利保持者や草の根の市民社会組織がパートナーシップを築きながら、取り組みを進めていくことが非常に重要だと述べた。
結びに、クリックリーさんは公正さや平等を「脅威ではなく資産として捉え直すべきだ」と提言した。既存の構造を打破し、誰が社会の一員であり誰をそこに含まないのかを決定づける自らの文化的規範を問い直す勇気。その勇気と政治的意志が結びついたとき、私たちは公正な社会へと歩みを進めることができると語った。
質疑応答
質疑応答では、日本の現状に対する評価や、市民社会が取るべき具体的な戦略について議論が交わされた。
まず、日本の特徴とアドバイスを問われたクトゥさんは、勧告に法的拘束力がないとする政府の主張を「条約自体が拘束力を持つ以上、それは言い訳に過ぎない」と指摘。差別を撤廃するという政治的意志が欠如する状況においては、「変革を促す唯一の力は市民社会にある」と強調した。クリックリーさんは日本の市民社会の粘り強さを評価し、欧州で成果を上げているNGO主導の差別通報システムの導入や、国際的な連携の強化について提案した。
次に、アイルランドで30年かけてトラベラーズの少数民族認定を勝ち取った経緯について、クリックリーさんは、当事者主体の運動と審査のたびに繰り返されたCERDの勧告などが大きな推進力になったと語った。一朝一夕には変わらずとも、国際人権基準を国内で示し続けることの重要性を強調した。
最後に、ダーバン宣言の活用について、両委員は同会議が困難な転換点であったことを認めつつ、それがEU諸国での「人種差別撤廃国家行動計画」の策定に繋がった実例を紹介した。
質疑応答の後、「未来にむかってわたしたちの宣言」を採択し、集会は終了した。
IMADR通信226号 2026/6/3発行