IMADR通信
NEWS LETTER
移民・難民の尊厳と権利を守る 韓国国家人権委員会
小森 恵
IMADR事務局長代行
長く軍事独裁政権下にあった韓国は、1987年にようやく民主主義を勝ちとった。それまで市民は路上に出て警察と闘ってきたが、今後は、いかにして政府を監視していくかが焦点となった。軍事政権時代、韓国の民衆を支持する声が多くの国から届いた。その経験から、民主化闘争にあった人たちは国際連帯に目を向けるようになった。そして1993年のウィーン国連世界人権会議に代表を送り、そこではじめて国内人権機関について知った。
1997年、金大中が大統領に立候補したときの公約の一つが、ウィーンで議論された国内人権機関を韓国に設置することであった。最初の設置法案では委員会を法務省のもとに置くとされていた。市民による粘り強いロビー活動や座り込みにより、最終的に、パリ原則に基づいた政府から独立した国家人権委員会が設置されることになった。
2001年11月25日、委員会発足の日、122件の陳情(申立て)が出された。障害があるという理由で保健所所長の採用が取り消された事案、兵役拒否で収監されたエホバの証人の信者が刑務所で礼拝を認められなかった事案、スリランカの移民労働者が「肌色の名のクレヨンは差別だ、肌の色はそれぞれ違う」と申し立てた事案などがあった。それにより、保健所所長の事案では、採用こそされなかったが賠償金が支払われた。刑務所や矯正施設での礼拝が認められるようになり、クレヨンからは肌色という名前が消えた。
2003年3月、盧武鉉大統領就任間もない頃、アメリカのイラク侵攻と韓国からの派兵の動きに反対する大規模なデモが韓国各地に広がった。結束した人びとの声を前に、国家人権委員会は、「イラク戦争について意見を表明するという行為こそ、私たちの本来の任務である」とし、反戦・平和・人権の原則に沿って行動するよう、政府と国会に意見を出した。民主政権にこの意見を出すことへの躊躇や葛藤を経た、委員会の決断であったといわれている。**1
民主化を遂げて大きく変化する時代に待ち望まれたかのように登場した国家人権委員会。設立から25年を迎える今、その仕事について概観する。
国家人権委員会の任務
韓国国家人権委員会(以下、委員会)は委員長1人と委員10人(内、3人が常任)で構成される。設立時の事務所は首都ソウルだけであったが、その後、釜山、光州をはじめ、全国6カ所に地域事務所が開設された。委員会の任務と役割は、大別して、政策への意見・勧告、人権侵害・差別事案の調査と救済、国際人権条約の国内実施、人権教育、国内および国際協力である。ここでは、3つの任務について、委員会の報告文書や韓国のNGOからの情報をもとに紹介する。
調査・救済の対象となるのは、国家機関、地方自治体、矯正施設、集団を収容する施設(養護施設や病院、他)などの業務遂行に関連した人権侵害(憲法10条から22条に保障されている権利)と、法人、団体または私人による平等権侵害の差別行為である。申立てをするには、まず委員会に事案を申し立て、相談員による人権相談を受ける。申立ての内容が認められた(受理)事案に対して調査官が任命され、当事者や関係者の聞き取りや、資料収集、現地訪問などを通して調査がおこなわれる。次いで、調査結果にもとづき、委員会の審議を経て決定が出される。決定にはいくつかあり、勧告・却下・棄却・和解勧告、あるいは申立ての移管がある。
委員会が毎年発表している年次報告**2によれば、2024年、合計36,518件(前年比2.0%増)の相談があった。その内、受理された申立て事案は9,957件(前年比7.6%減/設立以降、累計192,336件)で、内訳は、人権侵害の申立て8,167件、差別行為1,747件、その他は43件であった。受理された人権侵害申立ての相手を機関別にみると、矯正施設2,787件、警察1,433件、多数の保護施設1,277件、教育機関891件であった。受理された差別事案1,747件を機関別にみると、企業381件、教育機関288件、公共機関250件、個人・個人事業主146件の順であった。差別行為を理由別でみると、障害を理由とした差別が642件、その他464件、セクハラ関連172件、年齢129件、社会的地位74件の順であった。
2024年の人権侵害申立て事案の決定の内、勧告は182件で、勧告の受け入れ率は92%であった。差別申立て事案の決定の内、勧告は97件で、勧告の受け入れ率は82.5%であった。
委員会はウェブサイトで常時、決定の一部を公表しており、いくつかの申立ての内容を紹介する。
*高校の生徒に対する髪型規制
*国籍を理由とした銀行口座開設の拒否
*医療機関におけるHIV感染者の手術拒否
*ソウル市関連施設による、性的マイノリティの施設利用の拒否
*送還待機中の難民に対する入管職員の暴言
調査・救済において、委員会は民間セクターにおける差別/国家機関(検察や警察など)の取り調べの過程で起きた人権侵害を調査できる。被拘禁者の場合は矯正施設から委員会に直接申立てができ、必要に応じて委員会は施設での聞き取りができる。また、申立てがなくても職権で調査ができる。これらは委員会の強みである。一方、年間1万件ほどの陳情を担当する調査官は全国で90人しかいないため、受理から調査にとりかかる時間は委員会設置法で定められているよりも長くなる傾向にある。
政策への意見・提言を委員会がおこなう意義は、2003年のイラク戦争における委員会の決定が示している。委員会はこれまで累積で1,122件の政策への意見・提言を行い、受諾率は87.1%である。これまで委員会が出した意見・提言には、国家保安法の廃止、死刑制度の廃止、良心的兵役拒否の権利の承認、気候変動と人権他がある。2024年は政策への勧告が31件、意見表明は49件、意見提出は0件であり、具体的には、入管に収容されている外国人への度重なる人権侵害に関する法務省への勧告や、総選挙を前に選挙とヘイトに関して、選挙管理委員会、政党と候補者、メディアに対する委員長の声明の発出などがあった。
国際人権条約の国内実施に関して、委員会は重要な役割を果たしている。その取り組みの一環として、韓国が締約国として受ける人権条約機関の審査にあたっては国内人権機関として独自のレポートを提出、実際の審査には代表を送り、出された勧告の国内実施にも努めている。人権委員会は、2025年4月末の人種差別撤廃委員会(CERD)の審査に、非正規の移民労働者の賃金未払いの問題も含むレポートを出した。**3
2023年、委員会の調査により、雇用者による移民労働者の「賃金泥棒」― 非正規の移民労働者が未払い賃金を請求すると、雇用者から「不法滞在」を入管に通報すると脅され、仕方なくあきらめるか、自国に帰る ― の問題が急増していることが確認された。2024年、委員会は、地方労働監督署の義務的通報免除の範囲を「賃金泥棒」の被害にも広げるよう法務省に勧告した。同省は、賃金未払いは免除対象となる犯罪や人権侵害の被害ではなく、たんに金銭的債務に過ぎないとして受け入れなかった。2025年5月、CERDは韓国審査の総括所見で、非正規労働者は特に賃金搾取に対して脆弱であると指摘し、締約国は通報免除範囲を拡大し、労働権の侵害を移民が恐れることなく通報できるようにするよう勧告した。2025年9月3日、法務省は、「不法滞在」外国人労働者で賃金窃盗被害者を含む者を、入国管理法第84条に基づく公務員の義務的通報対象から除外する方針を発表した。CERDと国家人権委員会の両者の働きかけが効いたと思われる。また、両者は政府に対して、「不法滞在」「不法移民」と呼ぶことを止めるように勧告している。
委員会は国や政府に働きかける一方、市民社会組織とも協力して、人びとの生活現場で何が起きているのかについて関心を向け続けている。
**1 韓国国家人権委員会国際人権副部長Gayoon Baekの報告から引用(2024年3月18日「国際人種差別撤廃デー集会」ERDネット主催より)
**2 2024年国家人権委員会統計
**3 韓国国家人権委員会CERD提出レポート(2025年)
IMADR通信226号 2026/6/3発行