IMADR通信
NEWS LETTER
「川口のクルド人」の2026年新春
三浦 尚子
社会理論・動態研究所
駅前広場に川口のクルド人が集まる
2026年1月下旬、埼玉県川口市と蕨市の境界にあるJR京浜東北線蕨駅の駅前広場に、クルド人がプラカードを持ってスタンディングに集まった。排外主義の標的となって以来、川口市に集住するクルド人が、街宣でヘイト(憎悪)の言説が容易に発信される駅前広場に寄り付くこと自体珍しい1。複数のプラカードには、クルド人のアイデンティティをもつ者が多く住むシリア北部ロジャヴァへのメッセージとして「DEFEND ROJAVA(ロジャヴァを守れ)」、クルド人の政治的スローガンの一つである「Jin Jiyad Azadi!(クルド語で「女性、人生、自由!」を指す)」、また日本語で「差別はダメ」などが書かれていた。しかも、このスタンディングにはクルド人男性や日本人の支援者のみならず、髪の毛を三つ編みに結ったクルド人女性や少女たちが参加していた。
クルド人は、第一次世界大戦後に「クルディスタン」として独立できず、トルコ、シリア、イラク、イランに分割された地域、すなわち古代メソポタミア文明発祥の地にルーツをもつ民族である。同文明の都市国家の王を主人公とするシュメル神話には、クルドをはじめ中東社会特有の家父長制があらわれている2。伝統的な家父長制の支配に置かれたクルド人女性は、経済的・社会的に自立が望めない状況にある。
その伝統を覆したのが、前出のプラカードに記されたロジャヴァであった。2014年から2015年にかけて、ロジャヴァのクルド人女性は革命を推し進めた組織に積極的に参与し、男性と対等の立場で解放運動を指揮してきた。いま、そのロジャヴァでは、シリア移行政権下でクルド人が殲滅の危機に晒されており、世界各地のクルド・コミュニティで抗議行動が活発化している。抗議行動の一環で、クルド人女性が他のクルド人女性の髪の毛を三つ編みに編み込むという動画が次々と配信されている。
きっかけは、ロジャヴァのクルド人女性戦闘員が敵対する兵士に殺害され、さらに三つ編みが切り落とされて戦利品のように掲げられた動画がSNSに晒されたことだった。三つ編みを結った髪型は、前線で戦うクルド人女性特有のスタイルである。ロジャヴァ革命を描いた『コバニKobanê』(2022年、監督オズレム・ヤサルÖzlem Yasar)においても、コバニ包囲戦で死闘を繰り広げた女性たちの、三つ編みを結っている姿が目立つ。クルド文化において、女性の三つ編みは世代を超えて受け継がれた集合的な記憶と、土地、先祖、伝統とのつながりを具現するもので、喪に服する際、髪を切るか解くことは古くから悲しみを表現する行為である3。三つ編みの髪の毛を女性の身体から切り離すことは、在日クルド人の男性によれば、拷問時に男性の髭を削げ落とすのと同等の侮辱にあたるという。革命の象徴であるロジャヴァという地で起きた、ジェンダー差別を根底とする暴力と侮辱への怒りが、いま、世界中のクルド・コミュニティに広がっているのである。
これが、2月の衆議院議員総選挙で外国人政策が争点の一つとなったなかで、川口のクルド人がリスクを負ってでも駅前広場に集結した理由である。ただし、文脈を知らないと、なぜクルド人が駅前に100人規模で集結していたのか、地元住民には伝わらなかったであろう。当日は、怪訝な表情を浮かべて駅構内へと足早に通り過ぎる人がほとんどであった。
共生への道のりの困難さと希望
クルド人女性が文化継承の担い手として口に上るとき、その対象の一つに「クルド料理」が挙げられる。提示した写真(次ページ)は、映像作家の川田淳氏によって撮影されたクルドのおもてなし料理である。2023年10月、東京ビエンナーレと共催のイミグレーション・ミュージアムに「クルド料理のレシピ」を出品するため、クルド人女性が料理してくれたものだ。約3時間の調理のなかで、その女性は手際よく、子羊と米を乾燥したナスやブドウの葉で包んで煮込んだドルマ、たっぷりのきゅうりとミントとニンニクを合わせたヨーグルトサラダのジャジック、そして故郷の特産のピスタチオを散りばめた焼き菓子のカダイフの3品をつくってくれた。
IMADR通信225号 2026/2/26発行