IMADR通信
NEWS LETTER
『ともにいきるための「世界ルール」:えほん人種差別撤廃条約』に寄せて
阿久澤 麻理子
大阪公立大学大学院都市経営研究科教授
絵本で条約を届けるということ
1980年代、私は大学の法学部で憲法や国際人権条約を専門的に学んでいた。だが当時の私は、条文の解釈や国際機構の仕組みを理解することに追われ、「憲法や条約には、私自身の権利が書かれている」という最も根本的な事実に気づいていなかった。そのことが腑に落ちたのは、むしろ社会人となってから、部落解放運動、在日外国人、女性、障がい者の人権のために活動する人びと、そしてアジアの民主化運動に携わる人びとと出会ってからだった。
忘れがたい経験がある。民主化後のアジアで人権教育の実態を調査していた私は、1990年代末にフィリピンを訪れた。NGOが主催する、住民が普段着で集まる「まちかど学習会」のような人権学習会を見学したときのことだ。会の始まる前、会場の片隅で「普通のおばちゃん」(今の私よりずっと若い)が、国際人権規約を熱心に読んでいた。思わず「どうして読んでいるのですか」と尋ねると、彼女はこう答えた。
「ここに、私の権利が書かれているから。」
その瞬間、私は初めて、条約に書かれているのは抽象的な理念ではなく、私の、そしてすべての人の権利なのだと実感した。人権を学ぶことは、まさにエンパワメントそのものだった。
日本の大学生に聞くと、世界人権宣言や人種差別撤廃条約の名称は知っていても、中身を読んだことがある者はまれである。だが国際人権基準は、タイトルだけの飾りではない。自分の人権とともに、人種差別撤廃条約が国に求めている「差別によって人権が侵害されないようにするための約束」の中身を知らなければ、自分や大切な人を守ることはできない。だからこそ、条約の内容をできるだけわかりやすく伝えたい─これが、条約を絵本という形で届けようと考えた最初の動機である。
子どもに届く言葉で、条約を伝える
人種差別撤廃条約は中核的人権条約の一つであり、その内容を誰にでも理解しやすく伝えることは重要だ。だが絵本という手段を選んだのは、特に子どもを念頭に置いたからである。
近年、国連では「子どもの権利の主流化」が進められ、国連事務総長はガイダンスノートで「子どもは固有の権利を持つ主体であり、国連の活動に子どもが参加できるよう保障・促進すること」を求めている。であれば、大人には、子どもが理解できる言葉や方法で条約を伝え、子どもの声が国連のプロセスに届くようにする責任がある。
そこでIMADRは、Child Rights Connectと協働し、「子どもにフレンドリーな」人種差別撤廃条約の絵本を制作し、2021年に多言語で公開した。しかしその絵本は条文を大きく要約したものだったので、高校生くらいの子どもたちが、条文や一般勧告をもう少し深く理解できるような日本語版を新たに作ることにした。こうして生まれたのが『ともにいきるための「世界ルール」:えほん人種差別撤廃条約』である。
子どもが条約を使い、声をあげるということ
今回の日本語絵本の制作にあたっては、スウェーデンのセーブ・ザ・チルドレンの取り組みから大きな刺激を受けた。2025年に国連人種差別撤廃委員会(CERD)がスウェーデン政府の定期報告書を審査した際、子どもたちがまとめたオルターナティブレポート1が提出され、子ども代表が審査にも参加したのである。セーブ・ザ・チルドレンのプログラムに日常的に参加している子どもたちの中から、17歳の8人がリーダーとなり、全国の70人以上の子どもたちに聞き取りを行い、子どもが日々経験している人種差別や、子どもの視点からの問題提起をレポートにまとめた(レポートは英・仏語で公開されているので、ぜひ読んでほしい)。なお。日本で同様の取り組みを行うなら、リーダーとなるのは高校生世代であろうから、その年代が条約を理解するための絵本を作ったことには、大きな意味があると思っている。
スウェーデンから学んだこと
スウェーデンといえば、差別禁止法、平等オンブズマン、国家人権委員会、「人種差別およびヘイトクライム対策行動計画」など、人権と反レイシズム政策の先進国というイメージが強い。だが、年明けにIMADRの小森恵さんとともにセーブ・ザ・チルドレンの担当者から直接話を聞き、先進的な制度の背後に深刻な課題があることを改めて知った。スウェーデンでは現在、極右政党Sweden Democratsが第二党であるという。
「極右政党が支持を伸ばすと、他の政党もその支持者を取り込もうとして、極右のやり方を真似し始める。すると極右のレトリックはさらに過激になっていく。」
と担当者は語ってくれた。日本とも共通する状況である。そのような状況の中で、子どもたちは条約を手がかりに声をあげている。日本語の絵本もそうした役割が果たせることを願っている。
人種差別撤廃委員会の皆さま
スウェーデンで私たちはどのように人種差別に晒されているのか
私たちは毎日いたる所で人種差別を目にします─学校で、店で、バスの中で、オンライン上で。時には、それはあからさまな言葉ではなく、冷たい視線、疑いの眼差し、歓迎されていない雰囲気として現れます。大人、特に年配の人たちから私たちは差別的に扱われているのでは、、、多くの私たちはそう感じています。黒人の若者が数人集まると、盗みでも働くつもりだろうと言わんばかりの疑わしい視線を向けられます。それは理不尽で人を傷つけます。
学校では人種差別を過去の遺物として教えるだけで、今はどうなのかなどは教えません。私たちの経験は取るに足らないと思われているようです。声を上げようとしても、先生も大人も耳を傾けません。私たちのことなど聞こうともしないのだと分かったら、もう何も言えなくなります。
人種差別は必ずしも明白ではありません。ちょっとした発言のなかに、扱われ方のなかに、あるいはここで生まれたのに「スウェーデン人」としてみなされないことのなかに潜んでいます。言葉で表すことができませんが、私たちは傷つきます。反対に、移民が人種差別的になることもあります。これは社会全体が取り組むべき問題です。
誰もが平等な機会を持つべきです。でも今はそうではなさそうです。だからこそ国連にいる皆さんに私たちの声に耳を傾けていただきたいです。外見がどうであれ、親がどこの出身であれ、すべての子どもが安全に受け入れられ、尊重される社会を望んでいます。
スウェーデンの子どもと若者より
〈子どもたちがCERDに提出したレポートの前書きから抜粋〉
IMADR通信225号 2026/2/26発行