IMADR通信
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【レポート】追放に抗する

2025年5月23日、出入国在留管理庁は「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」を公表した。本誌でも、非正規滞在者が置かれている窮状について繰り返し取り上げてきたが、さまざまな事情や制度の不備によって在留資格を得られずにいる人びとが実際に送還される危険性がさらに高まり、支援団体はその影響を注視してきた。
「ゼロプラン」の公表から3ヶ月あまりが経った8月27日、参議院議員会館にて、「緊急院内集会 子どもの権利は私たちにはなぜ適用されないのですか?入管庁による子どもと、親の送還を今すぐやめてください」が、一般社団法人反貧困ネットワークと仮放免高校生奨学金プロジェクトの主催で開催された。

反貧困ネットワークは、コロナ禍以降、国籍を問わずに生活困窮者の支援を続けてきた。住まいがない難民申請者や仮放免状態にある人にシェルターを提供しており、その数は都内に限っても11世帯にのぼる。また、住居の支援にとどまらず、家賃支援や生活支援もおこなっている。
そういった支援を続ける中、反貧困ネットワークは2023年1月から、NPO法人移住者と連帯する全国ネットワークの貧困対策プロジェクトと連携して「仮放免高校生奨学金プロジェクト」を開始。高校無償化の対象外とされている仮放免状態の高校生に対して、公立高校1ヶ月分の学費にあたる1万円を支給するほか、チューターによる定期的な面談などで進学・生活に関する相談を受け、必要な指導や学校の説明会への同行を行うなど、一人ひとりに伴走しながらこれまで53人の高校生を支援してきた。
集会の冒頭、仮放免高校生プロジェクトのチューターの一人である加藤美和さんは、支援している高校生たちが周囲の大人や入管職員から「勉強したって意味ないよ」「どうせ日本からいなくなるんでしょ」といった尊厳が踏みにじられる言葉を投げつけられているなど、日常的に抑圧を受けていることを強調した上で、この省庁交渉・院内集会にいたる経緯を次のように語った。
「ゼロプランが公表されて以降、夏休みの期間に家族が強制送還されてしまったという話を面談の際に突然聞かされた。詳しく聞いてみると、『父親だけ送還するぞ』と言われている仮放免の家族がいるなど、実際に強制送還が迫っている子どもたちが多くいることを知った。また、今日にいたるまでに4世帯ほどが送還されたという話もある。その日まで、ふつうに受験勉強をしていたり、志望理由書を書いたり、面接の練習をしよう、と言っていた日常が突然奪われている。送還されてしまえば抗うことができない。この状況にどう向き合えばよいのだろうかと考え、こうした機会が必要だと考えた。」
また、この日の院内集会の直前には、入管庁やこども家庭庁、文部科学省に対して「ゼロプラン」の実施状況の公開や「ゼロプラン」そのものの見直しに加え、仮放免状態にある高校生自身がその思いを伝える省庁交渉もおこなわれた。この省庁交渉について、仮放免高校生奨学金プロジェクトに携わる髙谷幸(移住連運営委員、東京大学)さんは、当事者の声を聞いてもらうことを中心にした点がよかった、と振り返りこう続けた。「今まで、省庁の人たちに子どもの声をきちんと聞いてもらったことがない。子どもの権利条約に規定されている権利や、こども基本法の条文を見ても、本来であれば省庁側が子どもたちの声を聞く機会を作るべきだが、そういう場を市民団体でつくれたことには意義があったと思う。また、大きなリスクがある中で、仮放免の高校生たちが勇気を振り絞って声をあげ、意見を伝えてくれたことは本当にすごいことだと思う。」
加えて髙谷さんは、交渉の際に入管庁が「法令にしたがって適切に対応している」と繰り返したことを次のように問題視した。「日本生まれの子ども、あるいは小さい頃に日本に連れてこられた子どもは、生まれながらに、あるいは幼い頃から『ルールを守っていない』ことにさせられており、『存在自体が罪』かのように扱われている。これは法律自体が間違っていると言わざるをえない。この問題の根本的なおかしさはそこにあると思っている。」

院内集会では、仮放免状態にある高校生たちもそれぞれの思いを語った。その一部を要約し、ここに紹介する。

【Aさん】
仮放免で全日制の学校に通っている。生徒会に所属し、勉強と両立しながら活動してきた。生徒の意見を集めて校則の改善などにも取り組んだ。これだけを聞くとふつうの高校生のように思うかもしれないが、実際には友人と同じようにできないことも多く、悔しい思いを重ねている。仮放免の両親は働くことができず、経済状況はかなり厳しい。部活動は家計への負担が大きく辞めざるをえなかった。また、進学を控えているが、仮放免であるために選択肢が限られている。利用できる奨学金も少なく、唯一見つけたものは四年制大学には使えないため、専門学校か短期大学に進路を絞らざるをえない。さらに進学を考えていた学校には、出願のその日、在留資格がないことを理由に受験を拒否されてしまった。その時は、期待に胸を膨らませていただけに失望が大きく、しばらく将来のことが考えられなかった。本当であれば、進学を通じて新しい出会いや学びを得て、自分の可能性を拡げていきたいが、限られた選択肢の中で妥協して進路を決めるほかない。そして、この状況は進学のみならず、生活のあらゆる場面で強いられているものだ。「どうせ仮放免だから無理だ」と思ってしまうことが多々ある。だが、私は勉強を続け、希望する進路を目指したいと思っている。これは、教育を受ける権利によって保障されるべき願いだ。また、現在、支援を受けて学ぶ機会を得られているからこそ、同じような境遇にある子どもたちに、夢や希望を持っていいのだというメッセージを届けられる存在になりたい。

【Bさん】
現在、専門学校に通っている。卒業後は国家試験を受ける必要があるが、在留資格がないと受験することができない。9月にはテストを控えているが、今後、在留資格を得られるかどうか、いつこの国から追い出されてしまうのかととても不安だ。テスト勉強にもまったく集中できていない。そもそも、今の専門学校に通うことになったのは、仮放免であることを理由に別の大学で受験を拒否されたからだ。先ほどの省庁交渉で、入管には「私がどんな気持ちで学校に行っていると思いますか?」と尋ねたが、何も答えてくれなかった。チャンスを与えてくれれば、わたしは頑張れる。入管の人にはせめてその機会を認めてほしい。

このほか、この国で生まれ育ちガーナにルーツを持つ看護学生は、生まれてから2021年6月に在留特別許可が得られるまで、およそ18年にわたって在留資格がなく、そのうちの約11年間を仮放免状態で過ごした自身の経験を振り返った。来年、国家試験を控えているといい、在留資格が得られたからこそ夢を諦めずに進むことができたと語った一方、現在、「ゼロプラン」のもとで多くの子どもたちの未来が奪われていると指摘。子どもが親と一緒にいられることはあたりまえの権利だと強調し、子どもたちの未来を守るために多くの人に行動してほしいと訴えた。

この集会から6週間あまりが経った10月10日、出入国在留管理庁は「ゼロプラン」の運用を開始した5月下旬以降の実施状況(速報値)を公表し、報道各社もこれを報じた。6月〜8月に強制送還されたのは119人で、前年同期から倍増している。
この社会から追放され、いまは統計上の無機質な数字として扱われている人びとの奪われた日常を思う。また、「ゼロプラン」の運用開始前から、こうしたことがすでに起こっていたことも忘れてはならない。
いま、非正規滞在者に対するものに限らず外国人嫌悪の声が喧しい。加藤さんが語ったように、送還されてしまえば抗うことができない。統計上の数字を一つまた一つと増やさないために、追放を歓迎し、後押しし、押し進める流れに抗する必要がある。

IMADR通信224号 2025/11/21発行