IMADR通信
NEWS LETTER
デジタル時代の表現の自由と選挙
白根 大輔
IMADR国際人権上級アドバイザー
スイスのジュネーブで開催された第59回人権理事会で、表現の自由に関する国連特別報告者のアイリーン・カーンが、デジタル時代における表現の自由と選挙が直面する危機的状況についての報告書を発表した。報告書は、過去1年に行われた市民社会、選挙機関、人権活動家、ジャーナリスト、ソーシャルメディア企業等の代表者との協議を元に作成されたが、その結果として特別報告者は「投票の権利と表現の自由を同時に破壊するパーフェクト・ストームが存在することを深く懸念している」としている。
表現の自由と選挙の危機的状況
特別報告者は、デジタル時代において表現の自由を脅かす3つの主要な傾向として、より権威主義的になり人権と民主主義が後退している政治情勢、偽情報と憎悪で溢れるソーシャルメディア、そして批判や嘘を論破できない弱体化した伝統的メディアを挙げ、それにより各地での選挙が危機にさらされていると警告した。特にポピュリストの政治家や権威主義的な政府は情報操作に依存し、それが急速に(時に無造作に)発達する技術やプラットフォームにより増幅され、偽情報、誤報、ヘイトスピーチが氾濫していると指摘している。また、選挙において近年特に注意を払うべき対象として、「ジャーナリストとは異なり、職業上の基準に縛られず、候補者からの強制を受けやすい」インフルエンサーと人工知能の影響力も挙げている。そんな中、一般的に自由民主主義をうたう国であっても、民族や国籍、宗教、言語、性、ジェンダー、性的指向等を理由に特定の人、グループを非人間化し、汚名を着せる政治的レトリックが蔓延していることに警告を発している。
ちなみにフォルカー・トゥルク国連人権高等弁務官も声明の中で「ディープフェイクも偽情報も、より簡単かつ効果的に生成できる時代」に、「錯乱と分裂の政治、そして暴力」が、選挙において頻繁に見られる状況に警鐘を鳴らしている。
特別報告者勧告
特別報告者は今回の報告書の中で、各国家・政府が自制すべき行動、政党や政治家の行動規範、独立した公益性の高い報道機関への投資、インフルエンサーの役割の透明性の強化、ソーシャルメディア企業に対する国際的な基準の設定と公正な適用、名誉毀損罪やサイバー犯罪の非犯罪化の検討など、各国に対して全般的な、一連の勧告を行なっている。そこでは、国際人権法に則り、法的・非法的手段を組み合わせながら、さまざまなステークホルダーを巻き込むことで、表現の自由を確保しつつ、特別報告者の調査・報告で指摘された偽情報の規制や有害な情報流布等の諸問題に対処し、民主主義的選挙を実行することは可能であるとされている。
国内人権機関と差別禁止法の存在
今回の特別報告者の報告及び勧告は日本の状況にも当てはまるものがほとんどだろう。いや、むしろ日本の表現の自由や選挙の状況は、特別報告者が報告した以上の危機的状況にあるのではないだろうか。なぜなら、日本には国際人権の観点からあって当たり前の国内人権機関や差別禁止法がないからである。今回の特別報告者の報告にはこの点に関しての言及や区別はされていない。しかし、それはむしろ、国内人権機関や差別禁止法はあって当たり前、大前提だとしているからではないだろうか。
政治家や一部のグループによる情報操作、偽・誤情報、デマの流布により、社会的に脆弱な人々が差別、攻撃、スケープゴートにされることはあちこちで起きており、(選挙の時には特にそれが顕著になるものの)、選挙に限られたことではない。AIはそれを使う者次第で有益な道具にも、抑制不能な脅威にもなり得る。国際的な規制や監視システムが整っていない中、人権の観点からは、むしろ後者に対する懸念の方が大きいのではないだろうか。だからこそ国内人権機関や包括的な差別禁止法は、日本にとって緊急に必要なものだろう。
お知らせ:長い間続いた「ジュネーブ便り」はこれをもって終了します。次号からは、「IMADRアソシエイツに会いに行く」の新シリーズが始まります。
IMADR通信223号 2025/8/20発行