IMADR通信
NEWS LETTER

学校跡地を活用した「いくのパーク」の挑戦

戦後の国際秩序や世界経済のあり方が根底から揺らいでいる。ウクライナやパレスチナの惨禍、イランの核施設への空爆など、近代以降の法の支配や戦後の国際人権(「集団の権利」を含む)に裏打ちされたDEI(多様性・公平性・包摂性)の潮流が、世界のいたるところで堰き止められ、「逆流」しているかのように見える。不条理な人権侵害や膨大な悲嘆の中から生み出されてきた普遍的価値が棄損されることにより、人権尊重と多文化共生を目指す足元自体が掘り崩されつつある危機感を持たざるをえない。
日本社会においても在日外国人問題が日本の将来像をめぐる核心的テーマのひとつとして政治の真ん中に迫り出してきた。日本社会の民族的マジョリティとマイノリティとの間の非対称的な権力関係を等閑視し、かつ脱植民地主義の視点を欠いた「多文化共生」は、従来の差別・抑圧の構造を見えなくするばかりか、逆に固定化・拡大化することに利用されかねない。
人権尊重を土台にした普遍的価値こそが、人間の可能性を広げる道だと信じたい。「植民地支配」「冷戦と分断」「差別と共生」の歴史に翻弄されつつ、南北コリアと日本の3つの国家の狭間で生きてきた在日コリアンの一人として、そのことを痛感する。
個人と環境の相互作用が生み出す矛盾は常に具体的だ。「逆流」に抗して普遍的価値を拡充していくためには、マイノリティ当事者たちとの信頼関係をしっかりと結びながら、それぞれの実践現場との連携協働が不可欠だろう。大阪市生野区での多文化共生のまちづくり拠点「いくのコーライブズパーク」(以下「いくのパーク」)とNPO法人IKUNO・多文化ふらっと(以下「多文化ふらっと」)の活動を紹介することで、「逆流」に抗する連携協働への関心が深まるきっかけになることを期待したい。

NPOと企業の共同事業体で運営
「多文化ふらっと」は2019年6月に発足し、大阪市生野区において市民主導の多文化共生のまちづくりを目指すプラットホームのようなNPOだ。長年、生野区で地域活動を担ってきた実践者と、この地で研究のきっかけやかかわりを持ち続けてきた研究者などが集まっている。「生野区西部地域学校再編整備計画」に基づき、2021年3月に閉校になった同区にある大阪市立御幸森小学校跡地の活用事業にかかわり、公募型プロポーザルを経て、跡地活用の民間事業者として選定された。NPOと企業の共同事業体が、2022年4月から20年間の長期にわたり自ら資金調達しながら多文化共生拠点「いくのパーク」を対等な権限と責任のもとで管理運営をしている。この事業スキームは大阪でも初めての事例だ。
生野区は区民の23%にあたる2万9,202人が外国人住民であり、その比率は全国自治体の中で最も高い(2024年12月末)。同区は戦前の朝鮮植民地支配により渡航を余儀なくされた在日コリアンの集住地域であるが、近年は約80か国の外国人住民が暮らす多国籍・多文化のまちへと変貌してきている。子どもの貧困問題も抱え、空き家も5軒に1軒以上あり、日本の社会課題が集約する「課題先進エリア」とも言える。
「いくのパーク」は、バスケットボールスクール、イタリアンレストラン、NGO事務所、K-POPダンススクール、人気ユーチューバーの撮影所、一時預かり・休日保育を行う保育施設などの多彩なテナントが入居する複合施設で、大学の先端技術の研究室も入居予定だ。運動場には芝生が敷かれ、図書室・多目的室や市民農園もあり、地域住民に開かれた「公園」としての機能も担っている。改修の初期投資、維持管理費、大阪市への賃貸料など、すべての運営費は原則共同事業体による自主財源だ。施設維持の財源は、各種テナント料や校舎屋上にあったプールを活用したBBQ場の収益事業などで賄っている。
2024年度に「多文化ふらっと」は主に外国ルーツの小学生から高校生まで168人の学習支援に伴走するとともに、週2回のこども食堂を運営した。子どもたちの年間延べ参加者数は8千人に上る。昨年4月には外国人住民の生活課題による不安・孤立感の軽減のための多言語相談窓口を立ち上げた。また、今年3月には「進学・就労」支援の一環として私立大学6校が参加する外国ルーツ生徒を対象にした関西初の大学進学ガイダンスも実施した。地域住民と外国人住民との出会いと交流のための多文化イベント「いくの万国夜市」も大阪コリアタウン夜市場と同日開催している。

多文化共生の地域内循環へ
私たちは、大阪・生野でローカリズムの井戸をどんどん掘り進めていきたいと考えている。ローカリズムの中に、「分断・格差」「紛争」「気候変動」などの時代が直面する難問に向き合う上での社会的連帯のヒントが隠されているかもしれないからだ。
土・日曜日に図書室にくる子どもたちから「お腹がすいた」という声を頻繁に聞くようになったスタッフは、月1回の「おにぎりプロジェクト」を企画し、ボランティアを募った。すると学習支援教室等に子どもを通わせているお母さんから「普段お世話になっている。月1回のおにぎりぐらいなら私にもできる」と何人かが参加してくれた。「支援する側」と「支援される側」が固定化されずに、それぞれができる範囲でぐるぐる回っていく関係。ある主体と別の主体が取り結ぶ、その主体的な関係が、それぞれをまた自立・自走させる力に変換されていく。その役割は、ときには重なり、兼ねられ、置き換えられる。
民族的マイノリティの存在は、マジョリティ側の日本社会にとっても得難い存在だ。未来に必要とされる新しい価値や社会的仕組みは、同質性の中からではなく多様性の中から生み出される。外国人住民の存在は、支援を受けるだけの受動的な存在ではなく、地域社会の構成員として日本社会の活性化と発展を担う能動的なアクターである。一方で、多様性とはバラバラであることを尊重することだから、そこには「自由の相互承認」のための摩擦や葛藤が必然的に生まれる。新しい価値や社会的仕組みを創造していくためには、「混沌さ」と「危うさ」を抱きしめながら、前に進む勇気が必要なのだ。
国籍、民族、宗教、年齢、ジェンダーなどが複雑に絡み合う無数の非対称の境界が、他者への無関心や断絶を生み出す。私たちは実践現場から、そうした境界を丁寧に編み直すことで生野区における多文化共生の地域内循環の仕組みを構築したい。過度な「自己責任」の風潮や「排外主義」の大波に抗して、誰にでも開かれている「共生」の場であり、同化や排除から人権を護る「とりで」である「いくのパーク」。市民・企業・行政の各セクターが、「教育・子育て」「福祉・保健」「進学・就労」分野において柔軟かつ重層的に連携協働することで、多文化共生のまちづくりのロールモデルをめざす。
今年6月には「多文化ふらっと」が代表者となる「特別の教育課程による日本語指導の地域教育体制強化に向けた調査」が、内閣府の国家戦略特区であるスーパーシティ(大阪府・大阪市)の事業に採択された。大阪府・大阪市、関西電力送配電(株)等とのコンソーシアムによる実証調査が今年9月から始まる。来年4月からは、その調査に基づく規制・制度改革と先端的サービスの社会実装が試みられる予定だ。私たちは大阪・生野を舞台に「誰一人取り残さない」多文化共生のまちづくりに挑戦する。

IMADR通信223号 2025/8/20発行