IMADR通信
NEWS LETTER
映画の紹介『“No Other Land”』
朴金 優綺
在日本朝鮮人人権協会事務局員
『“No Other Land”』
監督 : バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム
ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
2024年製作/92分
「他に土地はない」―作中で語られるこの言葉の重みを、いったいどれだけ多くの人が真剣に受け止め、応答していけるのだろう。
ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人居住区マサーフェル・ヤッタ。本作は、同区で生まれ育ち、イスラエル軍によって故郷が占領・破壊され続けていく様子を撮影して世界に発信するパレスチナ人青年バーセル・アドラーと、かれに協力しようとイスラエルからやってきたイスラエル人青年ユヴァル・アブラハームの2人の活動を、2019年から2023年までの4年間にわたり記録したドキュメンタリー作品だ。
作中では、目を覆いたくなるほどのイスラエル軍による住民への暴力が次から次へと映し出される。パレスチナ人が代々暮らす土地について「軍の訓練場」なのだから退去しろと、「法」に基づいてブルドーザーで住民の家を破壊し瓦礫に変える。住民が自力で建てた学校を無惨に破壊する。水道管を破裂させ、井戸を埋め、自家発電機まで奪っていく。抵抗すれば銃殺される。文字通り生きる道を絶たれた住民はあてもないまま故郷を去るか、暗い洞窟の中で暮らさざるを得ない。
そんな中、バーセルたちは住民らとデモを行い、イスラエル軍の暴虐をカメラに収め、SNSで発信することで抵抗を続ける。イスラエル軍はそんなバーセルを攻撃し、活動家であるバーセルの父も逮捕する。生活のために活動を休まざるを得ず、揺れ動くバーセルの心。住民からイスラエル人としての立場性を問われ続け、自身の発信に対するネット上の反応の鈍さに苛立つユヴァル。そうしてイスラエル軍の行為が悪虐を極める中、撮影が中断されるのは2023年10月。そのラストシーンは衝撃的だ。
きっと本作を観た多くの人が、イスラエル軍の残虐さとパレスチナ人の辛苦に胸を痛めながら映画館を後にすることだろう。私もその一人であり、あまりに深刻な現実を前に、本記事の執筆など到底できないと、安易に執筆依頼を引き受けたことを後悔した。しかし、まずは本記事を通じて一人でも多くの人に本作を知って観てもらうことが、バーセルをはじめとするパレスチナ人の声を聴いた者の責任であると思い直し、筆を取っている。
また、日本の朝鮮植民地支配によって約90年前に祖母父が朝鮮の故郷を追われ、その後も故郷に戻れないまま亡くなり、その子孫として今も旧宗主国・日本に生きる在日朝鮮人として、本作で描かれるパレスチナ人の現状及びその歴史的背景と、在日朝鮮人のそれを重ね合わさずにはいられなかった。
「他に土地はない」にもかかわらず、言葉も通じず、仕事もなく、知人もおらず、朝鮮人への差別と暴力が蔓延る日本に渡り、工場や食堂で日銭を稼いで生き延びた私の祖母父の姿は、多くの在日朝鮮人一世のそれと通じるものだろう。そして今日、在日朝鮮人の多くは三・四世であるが、今も在日朝鮮人に日常的に投げつけられるのは「帰れ」というヘイトスピーチである。
はて、私たちの土地を奪い、帰れない原因を作ったのはどの国だったか? 親族に会いに行きたくとも、朝鮮民主主義人民共和国との往来の権利を今日まで奪っているのはどの国だったか? ブルドーザーで物理的に壊してはいなくとも、「高校無償化」制度はじめ様々な支援制度から朝鮮学校を排除することで、在日朝鮮人が自力で建てた学校を社会的に壊しているのはどの国だったか?
こうした在日朝鮮人の現実を、日本で本作を観たどれだけ多くの人が知っているのだろうか。ユヴァルの言動と自身のそれを重ねて考える日本人マジョリティはどれだけいるのだろうか。冒頭の疑問とあわせ、しばらく考え込まざるを得なかった。
IMADR通信222号 2025/5/27発行