IMADR通信
NEWS LETTER
「命と健康」から積み上げる
大澤 優真
北関東医療相談会/つくろい東京ファンド
「ごめんなさい。Please help me.」
私は、関東圏内を中心に困窮者支援活動をしている。国籍を問わずに支援をしているが、私のところに来る相談のほとんどが外国籍者、とりわけ難民や仮放免者、非正規滞在者からの相談だ。今年2月、寒い日の夜、ある仮放免状態の男性と出会った。中央アフリカのある国の出身である彼は、紛争に巻き込まれ、父が殺され、十数年前に日本に逃げてきた。しかし、難民認定申請が不認定となり、在留資格を喪失、入管の収容施設に収容された。その後、仮放免となるが、仮放免では就労が一切認められず、また、社会保障制度もほぼ利用することができない。
彼には糖尿病とてんかんの持病がある。また、糖尿病の合併症のため視力が弱い。信号を認識することができず、横断歩道を渡るときは、まわりの人が歩いたら渡るという工夫をしている。さらに、家賃を払うことができず、友人宅に身を寄せていたが、長く留まることはできずに路上生活をしていた。私が「食べ物はどうしていたのですか?」と聞くと、彼は本国の言葉で「物乞いをしていました」。仮放免の延長手続きのため、1か月に1回、品川にある入管に行く時も「物乞いをして電車とバスのお金をもらっていました。元気があるときは歩くこともありましたが、私の身体はとても悪いです」と答えた。
いま彼は、複数の支援団体や医療機関の援助を受け、通院し、シェルターで暮らし、食料を得ている。しかし、支援団体や医療機関による支援には限界もあり、十分な医療を受けることは難しく、また、数か月後にはシェルターを出ないといけない。食料も2週間に1回しか渡せていない。先日、彼に会いに行った時に、彼は泣きながら「からだダメ、家ない、お金ない。戦争いっぱい、帰れない。家族いない。ごめんなさい、優真さん。Please help me.」と話していた。目があまり見えず、複数の疾患がある人。私の目の前で助けてと懇願している人を路上に放っておくことは良くない。しかし、今の制度はそれを良しとしている。私は彼の命と健康のために努力をするが、数か月後、彼がどうなっているのかはわからない。
継続する先の見えない状況
彼のような状況にある仮放免者は多くいる。困窮外国人支援を行う北関東医療相談会は、2021年、「仮放免者生活実態調査」において仮放免者の生活実態を初めて明らかにした(注1)。そこでは、仮放免者の83%が20代から50代の働けるとされる年齢層であり、かつ滞在年数の長い人が多いこと。その一方で、生活が苦しいと答えた人が89%。食料の確保が困難な人が65%で食事を1日1食にしている人が16%。経済的理由により通院できない人が84%。また、多くの人が家賃や衣服、生理用品、子どもの教育費、携帯電話料金、交通費の負担に困難があると答えた。同調査からは、仮放免者の多くが経済的問題から生活全般にわたって困難を抱えていることがわかる。特に医療にアクセスできないことが顕著であった。また、自由記述には、不安定な生活・経済状況の下、知人や支援者など他者に頼り、断られる経験をし続けることで希死念慮(死にたいと願うこと)を抱いているという回答。生活費や家賃の見返りに性的関係を強要されているとする回答もあった。
2023年には、北関東医療相談会・ビッグイシュー基金・つくろい東京ファンドが仮放免者の住居に特化した調査を行い(注2)、仮放免者の46%が現に家賃を滞納し、66%が過去に家賃滞納の経験があり、22%が過去に路上生活をした経験があることなどが明らかになった。仮放免者の多くは、制度的にも、社会的にも排除される過程で、心身の健康を害したり、住居を失ったり、施しを受けることでしか生活するほかないという状況にあり、そうした状況下で起きる権力構造の中で暴力に晒され続けている。
仮放免者の状況は、国連においても認知されている。2022年11月、国連自由権規約委員会は「『仮放免者(karihomensha)』の不安定な状況(the precarious situations)に関する憂慮すべき諸報告について、引き続き懸念する。…締約国は…『仮放免』中の移民に対して必要な支援を提供し、 収入を得るための活動に従事する機会の確立を検討」すべきと日本政府に勧告した(注3)。「Karihomensha」は人権問題として扱われているのだ。その後、2023年に入管法が改定。2024年には「在留特別許可に係るガイドライン」も改定された。同ガイドラインには「難病等により本邦での治療を必要としていること」という規定があるが、治療を必要とする仮放免者は多くいる一方で、在留資格が付与されることはほとんどない。勧告で示された「不安定な状況」は、制度的にも、実態的にも改善されていない。
「モラル・パニック」と分断
仮放免者の状況について示してきたが、私は、排外主義や分断を煽るような言説の高まりから、移民全ての健康や生存権がさらに脅かされる事態になるのではないかと懸念している。
今年2月、ある国政政党の代表が、公的医療保険の高額療養費制度について「3カ月日本にいれば外国人でも制度を使える。数万円払ったら1億6千万円の治療が受けられるのは、日本の納税者や社会保険料を払っている人の感覚からすると『どうなんだ?』…。現役世代が苦労して支払う社会保険料は、原則、日本人の病気や怪我のために使われるべき」などと発言をし、SNSで拡散。賛否両論がわき起こった(注4)。この発言をそのまま受け取れば、疑問に思うのも自然かもしれない。しかし、この発言は、そもそも事実と異なること、不正確なことが根拠となっており、正しくない。外国人支援団体の移住者と連帯する全国ネットワークは、「日本の健康保険財政危機の原因が、あたかも外国人の保険制度利用にあるかのような印象を植え付ける差別的、排外主義的な発言」と指摘している(注5)。
また、この発言は不正確なだけでなく、外国人と日本人の対立を煽り、分断を助長する一因ともなっている。困窮者支援を行っている稲葉剛は、こうした現象を「モラル・パニック」と表現している(注6)。「モラル・パニック」とは、特定のグループの人々を「社会に脅威を与える存在」と見なし、多数の人々が激しい怒りや侮蔑など負の感情をぶつける現象である。外国人だけでなく、生活保護利用者や障害者、性的マイノリティ、公務員などもそのターゲットとなり得る。稲葉は、2013年に行われた生活保護費の引き下げは、引き下げすべき事実や根拠が先にあったわけではなく、一部の国会議員やマスメディアによって「『政策』を押し通す『根拠』を作るために『モラル・パニック』が人為的に引き起こされた」と指摘している。今回の高額療養費制度の発言は典型的な例だろう。
議論は開かれているべきだが、分断を煽るような言説については、一歩立ち止まって、法律、運用、統計、歴史などを踏まえた丁寧な議論を私はしたい。何が本当で嘘なのか、拠り所を持てない気持ちになるかもしれない。しかし、その時は「命と健康」という軸に立ち戻りたい。目の前に命と健康が途絶えそうな人がいるという事実がある。「命と健康」から議論と実践を積み上げていきたい。
注1:北関東医療相談会(2022)『―生きていけない― 追い詰められる仮放免者 仮放免者生活実態調査報告』。
注2:北関東医療相談会・ビッグイシュー基金・つくろい東京ファンド(2023)「仮放免者住居調査報告 ―追いつめられる ホームレス化する仮放免者―」。
注3: Human Rights Committee 2022年11月30日「Concluding observations on the seventh periodic report of Japan」。日本語訳は日本弁護士連合会による仮訳。日本弁護士連合会「自由権規約 報告書審査」。
注4:朝日新聞 2025年3月17日「高額療養費制度、外国人の利用割合限定的 支給額全体の約1%」。
注5:移住者と連帯する全国ネットワーク 2025年2月21日「国民民主党 玉木雄一郎代表による、差別・排外主義発言に抗議します」。
注6:稲葉剛 2021年12月28日『論座』「入管庁はまだこんな使い古された手口を使うのか~『排除ありき』の政策押し通す印象操作」。
IMADR通信222号 2025/5/27発行