IMADR通信
NEWS LETTER
人種差別撤廃委員会 一般的勧告37と健康の権利
人種差別撤廃委員会(以下、委員会)は、締約国による条約の解釈や実施に資するために一般的勧告を作成している。これまでに、37本の一般的勧告(GR)が採択された。そのなかには、「世系」に基づく差別(GR29、2002年)、ヘイトスピーチと闘う(35、2013)、レイシャル・プロファイリングの防止(36、2020)などが含まれる。健康の権利に関する一般的勧告37は、条約5条(e)(iv) 「公衆衛生、医療、社会保障、社会サービスを受ける権利」における国の義務を明確にすることを目的としている。コロナパンデミックにより、私たちは、差別と健康が直結した課題であり、それに対して国や国連が重要な責任を負っていることを確認した。
差別の構造がもたらす健康への影響
2022年8月のテーマ別討論と2023年の草案への意見公募を経て、委員会は2024年8月の113会期でGR37を採択した。そのプロセスにおいてNGOや国内人権機関が提出した意見は、いずれも植民地支配、奴隷制、家父長制など、人種差別・交差性差別の社会構造を支えるこれら制度が、人びとの健康やウェルビーイングに大きな影響を及ぼしていることを示していた。そのなかで、4団体が出した意見のごく一部を以下抜粋する。
●文化的安全性(オーストラリア国内人権委員会)
オーストラリアの文脈において、植民地支配の賠償の必要性は特に際立っている。先住民族(アボリジナル・ピープルズとトレス海峡諸島民)の平均寿命は非先住民のオーストラリア人より8~9年短く、この格差は縮まるどころか拡大傾向にある。先住民族が経験した植民地化による被害が今も続いていることを認めるべきだ。
人種差別撤廃委員会の草案は文化的に適切で配慮された医療の必要性に言及しているが、私たちが行った調査は、それ以上に、文化的に安全な医療の必要性を示唆している。
文化的安全性を確保するためには、医療サービス提供者は、利用者を中心に据え、コミュニティ独自のニーズと強みの理解に立って、意義ある関係を築く必要がある。
草案は人種差別の説明責任、是正、救済のための効果的なメカニズムを制定するよう勧告しているが、そのようなメカニズムは文化的に安全でなければならないことも勧告するべきだ。そうでなければ、影響を受けているコミュニティはそのメカニズムに関わることができず、是正や救済を求めることができない。
●子どもの権利(Children’s Rights)
アメリカでは、「ネグレクト」(親による衣食住、医療ケア、監視が不十分)を理由に、子どもを州の保護下に置く法律がある。2020年には、家族から引き離された子どもの64%(139,225人)がネグレクトを理由に連れていかれ、9%(20,534人)がホームレスなど住居の不備が理由であった。米国の児童福祉制度による家族分離の害は、黒人や先住民の子どもたちに不均衡に影響を与えている。例えば、黒人の子どもは子どもの全人口の約14%を占めているが、児童福祉制度下にある子どもの総数の23.5%を占めている。2019年、黒人の子どもたちは、白人の子どもたちの1.66倍の割合で家族から引き離された。先住民族の子どもたちは、白人の子どもたちの2.52倍の割合で家族から引き離された。アメリカでは黒人の子どもの41人に1人、先住民族の子どもの37人に1人が、18歳になる前に親の法的権利から切り離されるという衝撃的な結果が出ている。
米国小児科学会は、子どもたちを家族から引き離すことは「回復不能な害をもたらし、子どもの脳の構造を破壊し、短期的・長期的な健康に影響を及ぼす可能性がある」と発表している。2021年4月、バイデン大統領(当時)は、児童福祉制度において「貧困がしばしばネグレクトと混同されているという事実は、制度的人種差別と経済的障壁の永続的な影響をカラードの家族が不均衡に被っていることを意味する」と指摘した。
●薬物と人種差別(オープン・ソサエティ財団)
米国疾病予防管理センター(CDC)によると、2021年、先住民系アメリカ人とアフリカ系アメリカ人がフェンタニル(強力な鎮痛剤)の過剰摂取で死亡した割合は、白人系アメリカ人よりも30%近く高かった。薬物の犯罪化は、逮捕を恐れるあまり、人びとが治療をうけたり、その他の社会的支援を求めたりすることを妨げている。さらに、黒人や先住民のアメリカ人が薬物の過剰摂取で死亡する一因となっている不平等、偏見、差別を悪化させている。草案は、人種差別撤廃条約の遵守を前提に、個人的な薬物の使用や所持に対する刑事罰を撤廃し、人権、公衆衛生、発展の考え方に基づく薬物へのアプローチを効果的に実施するよう締約国に促すべきである。
国際薬物諸条約は、薬物禁止は人びとの健康に対する権利を守るための世界的な保健介入であると位置づけているが、その一方で、薬物禁止は有効な手段でないという圧倒的な証拠がある。「薬物のない世界」の実現をめざし50年以上にわたり努力が続けられてきたが、世界のどの国でも薬物使用はほぼ同じ水準で推移している。2019年、アフリカ系住民に関する国連専門家作業部会は、「麻薬戦争は、麻薬の使用や密売に対抗するメカニズムとしてよりも、人種管理のシステムとしてより効果的に機能してきた 」と指摘した。
●構造的・経済的暴力、セクシュアリティと人種差別(IDSNを含む共同グループ)
保健の国家予算への新自由主義的なアプローチは、人種、ジェンダー、カースト、階級の境界線に沿って不均衡な影響を及ぼし、それ自体が、人種差別化されたコミュ ニティに対するひとつの構造的・経済的暴力となっている。保健医療部門における民営化は、周縁化されたグループが、例えば、リプロダクティブヘルスサービスを求めたりプライマリーケアを利用しようとしても、しばしば追い返されたり、多額の借金を背負わされたりするように、これら低所得者層に対して不均衡で否定的な影響を及ぼす。民営化を推し進めるグローバルな経済構造は植民地的遺産の維持であり、人種差別を永続させるものである。草案は、人種差別を受ける集団および個人に対する保健サービスの民営化の影響を明確にし、健康の権利を実現するために利用可能な資源を最大限費やす国家の義務について明確な指針を示すべきである。
なぜ特定の集団において、望まない妊娠や安全でない中絶のリスクが高いのか、構造的要因との関連性を示すことを提案する。自分の健康と体をコントロールする権利に関する項目に、セクシュアリティとそれが人種差別とどのように相互作用するかについて明確にするよう提案する。
健康の権利の享有における平等と人種差別からの自由に関する
一般的勧告37(抜粋要約)
平等と無差別の権利の実現は、最高水準の身体・精神の健康を享有する権利を有効に行使するための絶対的な前提条件である。これらの権利は、数多くの国際人権文書に明記されており、すべての人民の健康は「平和と安全の達成に不可欠な要素」として認識されている。すべての年齢層の健康な生活の確保と、国内および国家間の不平等の削減への宣誓は、持続可能な開発目標として再確認されている。平等は、人間、動物、生態系の健康を持続可能に調和させ最適化することを目的とした「ワンヘルスアプローチ」に組み込まれており、グローバルな健康安全保障実現の基盤である。
◉健康と人種差別
すべての人の健康は「平和と安全を達成するための基本的条件」である。人種差別は雇用、教育、衛生環境、気候変動、経済や社会政策などに影響を及ぼし、資源や機会へのアクセスおよび生活の質を左右し、その結果、人の健康と幸福に多大な影響をもたらす。植民地主義、奴隷制、アパルトヘイトなど負の歴史の遺産が根強く残っている今日、人種差別は健康格差を構造的に生み出す要因の一つとなっている。また、交差的形態の差別やアルゴリズムを含む人種的偏見は差別を助長し不平等を拡大する。健康に関する権利は、適切な医療だけではなく、健康な状態の維持に必要な要因の確保も含む。
◉健康の社会的決定要因
人種的、民族的マイノリティに属する人びとの健康の権利の確保を脅かす脆弱性や不平等を防止したり除去するために以下の課題がある。
・ 安全な飲料水、十分な衛生環境、安全な食糧と住宅へのアクセス:住居地の分離、不動産賃貸における差別、過密な住居、強制立ち退きから保護される権利がある。また脆弱性と貧困は食生活と健康に影響を及ぼし、食生活に関連する疾病や栄養不足の発生率を高める一因となる。
・ 安全で健康的な労働環境:人種的、民族的マイノリティに属する労働者、移民、庇護希望者、難民、無国籍者は、職務の分離、雇用や昇進における差別、労働安全・衛生基準の不平等な適用による労働災害、有害物質や汚染物質、その他身体的・心理社会的危険性にさらされない権利がある。
・ 気候変動と環境的健康被害:資源の搾取、核実験、有毒廃棄物の貯蔵、採鉱、伐採などから生じる環境の悪化から保護される権利や健康への影響に関する協議への有意義な参加と意見表明の権利がある。
・ ジェンダー:女性や女児、多様な性自認、性的指向を有する人びとは、暴力、強制結婚や搾取的国際結婚、人身取引、虐待、搾取の被害にあいやすい。
・ 移民の地位:移民、難民、庇護希望者、無国籍者は、劣悪な住居環境、パスポートの没収、不健康な労働環境、社会保障制度からの排除に関連する健康リスクにさらされやすい。社会保障を差別なく平等に受ける権利がある。
・ 自由の剥奪:収容や収監により、不適切な医療、暴力、メンタルヘルス上の困難、社会復帰への障壁などの問題に直面し、健康格差が続く恐れがある。
・ からだの自己決定権:人種的バイアスは精神状態の過剰診断や、強制的で非自主的な入院や治療、隔離、拘束を招きうる。また、先住民族女性、アフリカ系女性、ロマ女性は、強制不妊などの人口抑制政策の対象にされてきた。先住民族女性や多様なジェンダー自認の人びとは望まない妊娠のリスクにさらされやすく、避妊方法や安全な中絶を利用する社会経済的手段を欠いていることが多い。
◉保健制度に必要な要素 ─利用可能性、手の届きやすさ、受容性、質
現存する不平等を考慮した上で、医療サービスなどへの実質的平等を確保し、誰でも利用することができるようにする必要がある。また、固有の文化を尊重し、性別、年齢、障がいの有無、ジェンダー、性の多様性、ライフサイクルなどの要件に敏感でなくてはいけない。さらに、人種的バイアスは医療に負の影響を及ぼすため、訓練を受けたベテランの医療従事者も必要不可欠である。