IMADR通信
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交差性とフェミニズム ─人権活動家に聞く

人はさまざまな側面を持っており、複数のアイデンティティが交差している。北海道央南部、平取町二風谷で生まれ育った関根摩耶さんにオンラインで話を伺った。

─アイヌ語を教えるお父さん、アイヌ工芸家のお母さん、アットゥㇱ織の第一人者であり、アイヌ料理屋を営んでいたばあちゃんなどアイヌ文化と関わりながら育ったそうですが、小さい頃、家族の活動に参加しましたか?
「はい、でも『参加』というよりは『生活の一部』です。日常生活の中で山菜を採りに行ったりアイヌ料理を食べたりしていたので、子どもの頃からアイヌの言葉、文化、精神が、自分の周りに散らばっていました。」

─二風谷、登別、札幌、関東と様々な場所で暮らす中で発見は?
「外から地元に伝わる教えを考えた時に、世界の見方が他の人より少し広いかもしれないと感じたことはあります。例えば、『自然を守る』という考えは、自分から距離を置いて自然を捉えているから、『守る』という感覚になると思います。しかし、私にとって自然は遠い存在ではなく、自分から切り離せないものです。時々、こうしたスローガンや先生が使う言葉などに疑問を抱きました。どちらが正しいということではなく、私が感じた違いです。」

─異なる世界観に出会った時にジレンマを感じたことは?
「ないです。私の故郷は多様な人が出入りする場所だったので、人びとが異なる感覚を持っていることを知っていました。コミュニケーションをとり、相手に理解してもらうためには、受け入れなくとも、相手の意見を『受け止める』必要はあります。他者を完全に理解することはできないので、他者を受け止め、知ろうとする心の開きが必要です。私の家族がアイヌ文化をそのように捉えていました。根底には社会や誰かに対する不満や憎しみがあるのかもしれませんが、私の家族は情報を発信し、まず好きになってもらい、その人たちが一緒に活動をしたいと思う、という風に仲間を増やしてきました。私もアイヌの摩耶ではなく、関根摩耶という人間と一緒に活動したいと思ってもらえる関係を築きたいです。」

─理想的で豊かな社会をどのように思い描きますか?
「豊かさや幸せの定義は誰にも決められませんが、アイヌ文化から学べる幸せもあると思います。それは、今の資本経済に逆行する、『ナイフ一本さえあれば生きていける』力かもしれません。アイヌ民族の場合、外から土地を奪われ、アイヌ語も危機に晒されたという側面だけ見られることもありますが、私の故郷には、先祖から確実に受け継がれてきたものがあります。外から分類された名前としての民族性が残らなくても、言葉、見た目、住んでいる場所が変わっても、先祖が人間として持ってきた大切な核となる感覚や価値観が受け継がれたら良いと思います。それで最終的にアイヌの教えが民衆に理解され、行政もアイヌの感覚を認めて変わっていけばラッキーだと思います。多様で色鮮やかな考え方や生き方が自然と次の世代に受け継がれていく、そんな未来を描いています。」

◉関根摩耶さんは、アイヌが持つ知恵や豊かさを発信し、アイヌ工芸の価値づけを行い、アイヌ工芸品で生計を立てられる人を増やそうと、母親とともにアイヌ工芸品の会社 Katakを立ち上げた。

(IMADR事務局)
IMADR通信221号 2025/2/26発行