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「態変」と同時代に生きている幸運

 この記事をお読みのみなさんは、「態変1」をご存じだろうか。
 態変は「身体障碍者の障碍じたいを表現力に転じ未踏の美を創り出すことができる」という金滿里の着想に基づき生まれた、身体障碍者による身体表現を先端的芸術として発信する集団である。金自身もポリオ(脊髄性小児麻痺)後遺症により、首から下が弛緩した身体を持つ重度障碍者である。作・演出・芸術監督を金が担い、自身もパフォーマーとして出演する。

どこにもなかった身体表現
 1983年に大阪を拠点に旗揚げした態変は、今年、創立から42周年を迎える。直近の新作公演は第78回を冠し、海外を含む地域ごとの上演回数は140近くを数える2。一つの芸術集団がこれだけ長い間続いてきたのは稀有なことだと演劇・舞台関係者から評されているが、身体障碍者がアーティストとして舞台上で表現し、活動を続けるために、前人未踏の道を切り開いてきた。

態変ポリシーには、以下の3つが掲げられている。

1.態変は革新的な芸術を創出する
2.態変は芸術への参加を開く
3.態変は生きる糧となる芸術としてある

金は自著『生きることのはじまり』3で、このポリシーについて次のように述べる。

態変ポリシーで革新的な芸術ということを掲げた心は、障碍者という存在を否定的にしか価値付けず、はては抹殺しようとするこの社会に対し、芸術を通じてその美意識・世界観・人間観を根底から揺さぶり変化させていく、その力を芸術に持たせるには前衛的、先端的であるべきだということなのです。(P.430)

 また、子ども時代の障碍児施設への収容体験をベースに、障碍者が芸術に開かれ創造者となる必然性を説く。ポリシー2と3の意味するところだろう。

 最初から舞台での表現をやりたいという人ではなく、「ハナから自分には舞台など関係ない」と思い生きてきた身体障碍者、それも重度な障碍で寝た切りになっている人たちの内にこそ、芸術を取り出し魂に触れることのできる荒削りな表現の真髄が宿っている、と私は考えています。
(中略)
 私が自分の子ども時代に舐めた施設の中の、檻に閉じ込められながらもだからこそよけいに外の世界を希求する心は、自由に羽ばたく本当の意味を知っている。そういうものを求める施設の中の障碍者たちと出会い、ものを創っていくことは、最も本質的な芸術を創造していく現場になる。(P.431)

 現在、金の他に7名のパフォーマーたちが態変に集う。稽古は主に日曜日に行われる。パフォーマーが自宅から大阪市内のアトリエまで出向くには、介護者の手配から交通機関まで様々な条件が整う必要がある。日本は、障碍者が自由に生きることを様々な場面で阻もうとする社会であると同時に、芸術活動を取り巻く状況も厳しい社会である。欧米や韓国と比べて、芸術の維持・発展に向けた公的なバックアップは乏しく、芸術・アートと呼ばれるものが市井の人々の生活に身近にあるとは言い難い。態変はそうした日本社会にあって、芸術だからこそ到達できる、人間の感性のレベルでの変化・変革を信じ/実際にもたらし、果敢に挑戦を続けてきた、すごい集団なのだ。

態変の魅力―私の鑑賞体験から―
 脳性麻痺や四肢欠損など、パフォーマーの障碍の種別や程度は様々である。身体の形状があらわになるユニタードを身につけ、ときに衣装を纏い、パフォーマーが舞台上に登場する。寝転がり、座り姿勢、立ち姿など、床面と皮膚との密着度合いの違いがあることに気づく。普段とは異なる視点で、そこにある身体の多様性・個別性を知る。複数のパフォーマーが集合体として群れをなすシーンでは、どの身体・どの表現も見逃したくない気持ちに駆られる。指先や足先といった先端まで目が離せない。それらが確かに空気を震わせ、エネルギーが観客席まで到達する。脳性麻痺者の、頭ではコントロール不可能な不随意運動、両腕欠損者の体幹と両脚の緊張感、寝姿勢や座り姿勢から絶妙なバランスで起き上がり、また、倒れ込む様。パフォーマーたちの動きを引き立てる美術、照明、音楽はいつも完璧である。同じ作品でも、一回一回の公演が再現不可能な一期一会となる。
 私が特に好きなのは、舞台上を端から端まで複数のパフォーマーが移動する場面。それぞれのペースや進み方に独自性・即興性が発揮されて、実におもしろい。別の身体との間で、力を加えられたり、乗り上げたり、絡まり合ったりもする。見つめているうちに、気づけば皆が幕の向こうへ吸い込まれている。公演を見終えた私は、二足歩行で立ち、周囲のペースを乱さないように雑踏の中で一定のスピードを保ちながら歩く、健常者と言われる自分の身体のあり様の方に、違和感を覚えてしまう。

態変と共に在る私たちの身体
 態変に特徴的なのは、「黒子」と呼ばれる健常者の存在だ。黒子は、黒装束に黒頭巾でパフォーマーを抱えて舞台上へ運んだり、袖幕へスムーズに出られるよう幕を身体に合わせて上げたり、衣装替えの補助をしたりする。パフォーマーが安全に舞台上で表現できるよう、日頃の稽古を通じて緊張感を伴う信頼関係を築いていく。

金は最近のインタビュー記事で、このように述べている。

 社会の中で役に立つとか立たないとかとは違うところで存在している障害者の面白さに気付くことが、お互いに世界観が変わってええんちゃう4

 健常者はもちろん、健常者中心社会のなかで健常者的価値観に囚われてしまった障碍者にも宛てたメッセージであろう。健常者と障碍者の既存の関係性を破壊し、新しい関係性の構築に向かう態変の芸術は、まさに、両者が共に在るためのArt(芸術・技術)と言える。
 態変は国際社会からも高く評価されており、2025年9月から2ヶ月半に渡って開催される国際芸術祭「あいち2025」5の参加アーティスト(パフォーミングアーツ)として招聘された。世界中から本芸術祭に訪れる人たちと、この日本という地で、態変を一緒に見る、という稀有な機会を逃さないでほしい。幸運にも、世界にただ一つのあなたの身体が、いま、態変との出会いに開かれている。

IMADR通信221号 2025/2/26発行

  1. 2023年4月より呼称から「劇団」を外し「態変」と名乗る。「態変」公式ウェブサイト 「態変とは」参照。
  2. 公式ウェブサイト「公演資料庫」参照。
  3. 同タイトルの著書(1996年、筑摩書房)を定本とし加筆・改稿され、2024年6月、人々舎より新装復刻版として刊行された。詳しくはこちら
  4. 2025年1月4日 産経新聞記事「選択の果てで見つけた表現の道 障害者のパフォーマンス集団「態変」主宰、金滿里さん あの日から④」より。ぜひウェブ上から全文を読んで欲しい。
  5. 2025年9月13日〜11月30日に愛知文化芸術センター等で開催される。公式ウェブサイト