機転の産物
思いもかけない知らせが、それも飛び切りのうれしい知らせが舞い込んできた。それは水平社博物館を運営する公益財団法人奈良人権文化財団の理事会や定時評議員会など、一連の会議が一段落ついた6月下旬のこと。暑い夏がやってくるなぁ、などと考え、ぼんやりと一息ついていたときに電話があった。お相手はIMADR事務局長代行の小森恵さん。なんとネイションのテレサ・スタック名誉社長が水平社博物館に来館するというのだ。ネイションとは、アメリカで発行されている「The Nation」のことで、1923年9月5日号のネイションは全国水平社創立宣言の全文を英訳して紹介している。もちろん水平社博物館でもその記事を展示しているのであるが、この展示許可の手続きを代行してくださったのが他ならぬ小森さんだ。
ネイションは、好奇心旺盛な読者のために独自の小旅行を「ネイショントラベル」として企画し、実施している。その目的地のひとつに日本が設定され、「伝統と革新 この魅力的な国の文化と美しさに浸ってください」とのキャッチフレーズで、東京、金沢、広島、大阪などを巡るコースが、9月19日から10月2日までの行程で組まれていた。この日本の各地を周遊するコースのハイライトとして、ユネスコ世界遺産に登録されている白川郷の訪問などが挙げられるなか、日本固有の差別問題である部落差別についての見識を深めることもハイライトとされていた。
小森さんによるとテレサ・スタック氏から、「私たちはネイションの読者グループで日本旅行を計画している。取材ではないが、日本の人権NGOの活動について話を聞き、日本の市民活動について知りたい」と、計画当初にメールで相談があったとのことだった。そこで小森さんが先のネイションの記事を説明し、それを展示している水平社博物館の見学をお勧めしてくださったところ、テレサ・スタック氏は「すばらしい話、なんてタイムリーな偶然! 」と、思ってもみなかった話に驚かれ、急遽京都から高野山に向かう途中に奈良県御所市に立ち寄ることを決め、水平社博物館の見学を行程に組み込んだとのことだった。この出会いを生み出した小森さんの機転に感謝するばかりだ。
水平社の記事に想い馳せ
9月29日、明日香で昼食を済ませて来館したネイション読者の会24人を出迎え、水平社博物館の隣にある御所市人権センターで歓迎した。歓迎にあたって財団の川口正志理事長は、水平社博物館の見学を行程に加えていただいたことへの感謝を述べるとともに、8月9日に韓国からも衡平運動記念事業会が来館したことに触れ、「水平社と衡平社の交流は世界の記憶に登録されている。また水平社博物館は日本で唯一国際人権博物館連盟に加盟し、水平社の理念を国内外に発信している」と挨拶した。
歓迎の後、一行は同センターの体育室に移動し、御所太鼓・耀の演奏に聴き入った。軽やかにトントコトントコ小気味よく打たれる小太鼓の音色は、聴き入る人びとの身体を自然と小刻みに揺らし、そのリズムを楽しませた。さらに、力強くドーンと打ち鳴らされて会場中に響き渡る太鼓の音は、観客の身体をも震わせた。心弾ます軽快で心地よいリズムや迫力の音響に魅了された観客は、一曲目の終了からスタンディングオベーションで耀の演奏をたたえた。耀メンバー指導による太鼓体験では、参加者はリズムよく太鼓を打ち叩き、最後は「Yeaaaah ! 」と気勢をあげながら大きく撥を振り上げてポーズを決めていた。
最後に水平社博物館の見学を終えた一行の表情には満足感が溢れ、「ありがとう」との声が何度も聞かれた。さらにテレサ・スタック氏から別れ際に「また来年希望者を募って来館する」と伝えられた時には、驚いて思わず「Really!?」と聞き返してしまったが、コース変更の充実感が伝わるその笑顔や言葉に、顔がほころんだ。
その気持ちに応えるためにも、多言語での展示をもう少し充実させたい。
IMADR通信220号 2024年11月22日発行