「帰れ」ではなく「ともに」~川崎「祖国へ帰れは差別」裁判とわたしたち

瀧 大知
外国人人権法連絡会・市民セクター政策機構客員研究員

 

石橋学 板垣竜太 神原元 崔江以子 師岡康子
大月書店
1800円+税 2024年10月

2023年10月12日、横浜地裁川崎支部は在日コリアン三世の崔江以子さんに対するインターネット上の投稿「祖国へ帰れ」は「差別」であり「違法」とした慰謝料は100万円、同月末に判決は確定した。

同判決の意義を伝えるため、原告本人と弁護団(弁護士2名)、研究者、新聞記者が被害の実態や歴史的な背景、法的な問題を含む多角的な視点から執筆したのが本書である。

神奈川県川崎市にある多文化交流施設「川崎市ふれあい館」に勤務する崔さんは、2016年3月に地元・桜本でのヘイトデモ被害について参考人(参議院法務委員会)として意見陳述をおこなった。この訴えはヘイトスピーチ解消法(2016年)の成立を推し進めた。同法の成立は、国内で初めてヘイトスピーチに刑事規制を設けた川崎市の条例制定(2019年)にも繋がった。一方で意見陳述を契機に崔さんはレイシストたちの標的とされ、深刻な被害が生まれてしまった(第1章[石橋論文]&第6章[崔論文])。「帰れ」というヘイトは複数の暴力性を放つ。この表現は文字通り、外国人という日本の「外」の存在と見なされる人びとの排除を煽る。「日本は移民大国」と呼ばれて久しい。「外国人」との生活は日常となっている。その排除は生活=社会を破壊する。さらに、この言葉は(ポスト)植民地主義と関係する。日本の植民地支配により朝鮮の人びとは「日本人」にされた。戦後、日本政府は旧植民地出身者から一律に「日本国籍」を取り上げ、在日コリアンを「外国人」とした。第4章の板垣論文は当事者への調査も踏まえ、「帰れ」のもつ暴力性/被害は、このような歴史的な経緯抜きでは理解しえないことを明らかにしている。

そして、本書は「帰れ」というヘイトスピーチが裁判において「差別」であり、違法と認定されたことに「大きな意義」があると評する。「祖国に帰れ」は排外主義団体のデモや街宣で叫ばれ、SNSで膨大に書き込まれてきた典型的な差別煽動表現である。法務法のウェブサイトにもヘイトスピーチの例として示されている。「差別」と認定されたこと、あまりに当然のように感じられる。しかし法的には当たり前ではなかった(第3章[神原論文])。不思議に思われないだろうか。だからこそ画期的なのである。

差別が容易には「差別」と認められない、これが日本の実情である。こうした社会を変えるために求められることは、1995年に日本が人種差別撤廃条約に加入して以降、現在まで実現されていない人種差別禁止法の制定である(第5章[師岡論文])。

以上のように、全6章からなるこの本は、日本の(反)ヘイトの現在地を示すと同時に歴史的な課題をはじめ次なる法整備の在り方など、判決を通して過去←現在→未来を投射しようとする試みでもある。

現在、埼玉県川口市ではクルド人ヘイトが激化し、「帰れ」の言葉が路上やネットで反響している。「帰れ」は差別/違法である。判決と本書は今の、そして未来の差別との闘いを前に進める原動力となるはずだ。

IMADR通信220号 2024年11月22日発行