アイヌ民族をめぐる人権課題

IMADR通信219号 2024/8/8発行

小泉 雅弘
NPO法人さっぽろ自由学校「遊」事務局長、アイヌ政策検討市民会議運営委員

 

作業部会委員の札幌での市民団体との会合は、2023年7月30日に行われた。90分のセッションが2回準備されており、私は浦河在住のアイヌである八重樫志仁さんと共に、最初のセッションに参加した。私たちが参加したセッションの市民側参加者は4名のみ(他はサケ先住権訴訟の原告であった差間正樹さんと弁護士の市川守弘さん)であり、二人の委員とかなりじっくりと話をすることができた。

 

訪日調査の最終報告書と政府のコメント

最終報告書では、リスクに直面している6つのグループが取り上げられているが、中でも「マイノリティと先住民族」については9パラグラフと最も多くの記述がされており、そのうち4つのパラグラフはアイヌ民族に関する項目となっている。日本においては、アイヌ政策が文化振興策に限定されていることもあり、アイヌ民族の人権については行政や企業でほとんど取り上げられてこなかったし、人権問題に取り組むNGOの中ですら取り上げられることは少なかった。そうした中、この報告書ではアイヌ民族の人権が主要な課題のひとつとして取り上げられており、その意義は大きい。
一方、この報告書に対する日本政府のコメント(反論)においても、「アイヌの人々(Ainu Persons)」の項目にかなり多くをさいている。以下、報告書の具体的指摘とそれに対する政府の反論を見ていく。

・ 報告書は2019年のアイヌ施策推進法の成立を前向きな動きとしつつ、アイヌ民族が自らのアイデンティティを定義することを前提とした国勢調査が行われていないことを、アイヌに対する不可視化された差別の要因として指摘している(par.40)。この指摘に対し、政府は「北海道アイヌ生活実態調査」をあげて反論しているが、北海道が行っているこの調査では、対象としたアイヌの人口は2006年調査での23,782人から、2017年調査では13,118人と10年間で対象人口が1万人以上も減少しており、アイヌ人口の実際を反映したものとはなっていない。

・ 報告書は水産資源保護法における内水面でのサケ捕獲禁止の措置が、河川でのサケ漁を生業としてきたアイヌの漁業権を考慮していないことを指摘し、政府に再検討を促している(par.41)。これに対し、政府は水産資源保護法の措置の合理性について述べ、道知事の特別採捕許可により儀式用のサケ捕獲が認められると紹介するが、報告書はアイヌの生業、すなわち経済活動としてのサケ漁の権利への指摘であり、政府のコメントは反論にならない。

・ 報告書はまた、近年の再生可能エネルギー開発を含む様々な開発プロジェクトにおいて、先住民族であるアイヌに対するFPIC(自由で事前の十分な情報に基づく同意)の不実施を指摘し、森林管理や狩猟におけるアイヌの集団的権利が認められていないことを憂慮している(par.42)。森林管理については、政府はアイヌ施策推進法における特例措置としてのアイヌ共有林制度を紹介するが、これは市町村が作成する地域計画の範囲内での限定的な措置であり、アイヌの集団的権利と言えない。FPICについても政府は反論を試みているが、報告書がFPICには該当しないと明言する再エネ促進制度(FIT/FIP)における住民への事前通知をFPICとして紹介するなど、内容を理解したものとは思えない。

・ そして報告書は、書誌やネット上におけるアイヌ民族に対するヘイトスピーチの急増や、ウポポイ(民族共生象徴空間)で働くアイヌ職員に対する民族的ハラスメントについて懸念を表明している(par.43)。これについては政府コメントでは何も触れていないが、国立の施設で働く職員へのハラスメントを含む指摘であり、政府として何らかの対応についてコメントしてほしかったところである。