白 佳倫
韓国国家人権委員会・国際人権部副部長
こんにちは。白佳倫(ベク・ガヨン)です。私は1年前に韓国国家人権委員会に入りました。その前の12年間は市民セクターの人権分野で活動をしていました。今日は公務員、そして市民活動家の経験からお話をします。
1948年12月10日に採択された世界人権宣言は、今では国際人権法の基礎となっています。世界の約50言語に翻訳され、多くの国の憲法や法律に反映されています。1993年、世界人権会議がウィーンで開催され、多くの参加者たちは、政府でもなく市民組織でもない、中立で独立した機関が人権に関わるべきだと考えました。その時、初めて国際社会で国内人権機関について公式に議論されたのです(※)。その年の終わり、国内人権機関の任務と権限について規定した「パリ原則」が国連総会で採択されました。パリ原則の一番重要な点は中立と独立です。政府の機関ではあるけれど、政府に対して批判的でなければならないし、市民社会からも独立していなくてはなりません。
韓国国家人権委員会設立の経緯
韓国は長く軍事独裁政権下にあり、1987年にようやく民主主義を勝ちとりました。それまで市民は路上に出て警察と戦ってきましたが、民主政権になり、今度はどのようにして政府を監視していくかを模索し始めます。軍事政権時代、韓国の状況を懸念して、非常に多くの国から連帯をうけました。その経験より、活動家たちは国際連帯にも目を向けるようにな
りました。そして1993年のウィーンの世界人権会議に代表を送り、そこで初めて国内人権機関について学びました。
1997年、金大中が大統領に立候補したときの公約の一つが国家人権委員会の設立でした。金大統領のもとであっても人権委員会を作るまでに3年かかりました。政府が最初に出した設立法案は委員会を法務省のもとに設置するとされていましたが、ロビー活動や明洞大聖堂での座り込みなどの闘いで、2001年11月、政府から独立した国家人権委員会が設立されました。
初日だけで122件の申立てを受けました。申立てには、保健所所長に一旦採用されたが、障害があるという理由で不採用になった事案、兵役拒否をして収監されたエホバの証人の信者が刑務所の中で礼拝を認められなかった事案、スリランカの移住労働者が肌色の名のクレヨンは差別だ、肌の色はそれぞれ違うと申し立てた事案がありました。保健所所長不採用の事案に対して委員会は政府に勧告を出しましたが、政府はそれを受け入れず、事件は民事裁判に移り、最終的に政府から賠償金が支払われました。しかし所長には採用されませんでした。兵役拒否の事案は、刑務所や矯正施設での礼拝が認められるようになりました。クレヨンの肌色という名も、韓国
では使われなくなりました。
開所当日に多くの申立てが届いたことに対し、委員長はこう言いました。「今後、国家人権委員会に相談に来る人たちの多くは、教育を受けることができず、貧しく社会の隅に追いやられた人たちであろう。 弁護士を雇う余裕のない人たち、不当な差別をどこに持っていけばよいのか分からない人もいる
だろう。国家人権委員会はそれら人びとのところまで降りていき、そこにとどまり続けなければならない。権力があるのなら、その人たちのために使うべきだ」
韓国国家人権委員会の任務と役割
■人権政策:これには勧告や意見を出すことが含まれます。政府や議会が人権に関する法案や政策を出したとき、あるいは既存の制度や慣行に関して、人権に与える影響の観点から意見を出します。これまで、死刑廃止、国家安全法の廃止、良心的兵役拒否の権利の承認、反テロ法への反対意見などを出してきました。最近では、憲法裁判所に気候変動と人権に関する意見を出しました。これまで1042 件の勧告、意見を出しました。2013 年以降、これらが受諾される割合は80%以上になっています。
■調査と救済:調査は行政機関と民間における差別や人権侵害に対して行います。申立てをするには、まず委員会に行き、人権相談を受けます。訓練を受けたカウンセラーが年に3万件ほどの相談を受け、その内、1万件ほどが申立てとして認められます。認められた事案に調査官が任命され、仲裁するかどうか、あるいは人権委員会の決定を求めるかどうかも含めて被害者と話し合います。調査の結果は三つあり、一つ目は不受理の決定、二つ目は勧告、三つ目は申立ての棄却です。結果について不服があれば、申立て人は行政不服審査に訴えることができます。
申立て件数はこれまでの累積で17万1593件、 そのうち1番大きい割合を占めるのが人権侵害で、その大多数が矯正施設あるいは集団施設(例えば介護施設、孤児院)における人権侵害、次いで警察、政府、検察による人権侵害です。差別事件で1番大きい割合は障害に基づく差別、続いてセクシャルハラスメント、社会的地位に基づく差別、ジェンダーに基づく差別です。勧告の受入れは約90%で、政府も民間人も勧告を受け入れています。勧告を尊重する環境ができたものと考えられます。そのため、政府が勧告を拒否することは特別なことに見えてしまいます。
■人権教育:人権意識の向上のため隔月で冊子を出しています。映画も作っています。人権トレーニングを行うトレーナーの育成も行っています。委員会は人権に関するあらゆる文献も収集していて、ソウルの本部には大きな図書室があり、誰でも閲覧できます。
■国内・国際協力:私たちは、国内の市民社会組織と密接な協力関係を持っています。人権擁護者の年次大会に参加したり人権団体の支援をしています。人権委員会のスタッフと人権活動家との交流も常にあります。国際協力では、国連の人権メカニズムに対して国家人権委員会として意見や報告を出したり、情報提供をしています。アジア地域や他の地域の国内人権機関とも連携しています。
例えば、モンゴルから韓国に来る移住労働者は多く、どちらの国も移住労働者の権利条約を批准していませんが、国家人権委員会同士で、双方の移住労働者を支援して協力するという覚書を結んでいます。日本でも国家人権委員会ができたら、相互に協力できることがいろいろあると期待しています。
成果と課題
民間セクターにおける差別の調査ができ、矯正施設の被収容者が委員会に直接申立てができるようになりました。国家機関による人権侵害について調べることができ、申立てがなくとも職権で調査ができます。
課題は、行政による人権侵害だけを対象としていることです。立法や司法に関しては調査できません。但し、裁判事件に対して意見陳述はできます。年1万件の申立てがありますが、全スタッフ250人中、調査官は90人しかいません。法律では申立て受理から3ヶ月内に調査にとりかかることになっていますが、実際は5ヶ月かかっています。
もう一つの課題は、完全に独立していないことです。人権委員会は憲法に基づく設置にしたいと以前から言っています。現状は政府予算の一部のため、もし政府の一部が国家人権委員会を気に入らないと予算が減らされてしまう可能性があります。
毎年の世論調査では、91.9%が国家人権委員会について知っていて、58%が国家人権委員会は韓国社会に貢献していると答えています。
また、11人の委員の大半は法曹出身のため、任命にあたってより多様なバックグラウンドを重視すべきです。11人の委員のうち4人は大統領が、4人は国会が、3人は大法院長が任命します。大統領の任命には候補者選定委員会があたり、国会は与党が2名、野党が2名代表を出します。大法院は弁護士会から推薦を受けますが、候補者選定委員会はありません。
国家人権委員会には、社会に人権保護のもう一つの膜を提供し、人権のロードマップを示すというミッションがあります。そして、国内人権機関ができたらすべて良しではありません。その独立性を市民社会が監視し続けることが大切です。
※ 国内人権機関は国内の人権保護と伸長に必要な機関として1946 年から国際的に認められてきた。
*本記事は3 月21 日開催の国際人種差別撤廃デー記念院内集会における講演の要約。