『オッペンハイマー』 ソ連のスパイにされた「原爆の父」

2023年製作/180分/アメリカ
2024年3月29日日本公開予定
https://www.oppenheimermovie.jp/

北井 香織
元日本語日刊紙「じゃかるた新聞」記者

 

映画は「原爆の父」として知られるアメリカの理論物理学者のロバート・オッペンハイマーが実はソ連のスパイだったのではと追及される公聴会で始まる。原爆投下後の広島・長崎の映像はない。これについては映画人の間でも意見が分かれている。CGの使用を抑え、サウンドトラックが原子爆弾の恐ろしさや虚しさを嫌というほど強調している。ニューメキシコ州での人類史上初の核実験をクライマックスとする3時間を超える伝記大作だ。

1926年、米国の大学を首席で卒業したオッペンハイマーは、留学先のドイツで理論物理学の博士号を取得。米国に戻ってからは、カリフォルニア大学で教えていた。その後、第二次世界大戦中の1942年、マット・デイモン演じるアメリカ軍のレズリー・グローブス准将から原爆開発のために立ち上げた「マンハッタン計画」のリーダーに抜擢される。ナチス・ドイツも実現目前だったとされる原爆を先に開発して彼らを叩く。ユダヤ人のオッペンハイマーはこの目標のもと開発に精を出す。

 

罪の意識にさいなまれたその後と人種差別主義
原爆の破壊力を目の当たりにしたオッペンハイマーは恐怖で凍り付く。「自分の知識や努力がすべての人類を破壊できる兵器を作ってしまった」と。また、晩年のインタビューでも「私は死そのものになった」と力なく語るその誠実そうな表情を見ると彼も犠牲者だったのではと感じる。共産党支持者という疑惑は晴れることなく、亡くなるまで政府の監視下に置かれたそうだ。

日本に原爆を落としたのは、戦死者をこれ以上出さないためというのが一番の理由だと言われているが、(少なくとも私が話した戦後生まれの米国人は投下を自慢こそしていないが、やむを得ない選択だったと理解していた)。そりゃ、ソ連に対するけん制や真珠湾攻撃のリベンジもあっただろう。が、根底にあったのは、アジア人だからかまわないという意識だったと思う。広島に次いで長崎に、それも異なるタイプの爆弾を、綿密に割り出した位置と時間に投下したのだから。両都市は被験者としての条件を十分満たしていたわけだ。

戦争中、カリフォルニア州などに住む12万人以上の日系人が、財産を全て没収されたうえ自宅から遠く離れた、粗末な強制収容所に送られた。同じ敵対国家出身のドイツ系やイタリア系は対象にならず、米政府の公式な謝罪があったのは収容所閉鎖から40年近く経った1988年のことだ。

最後に、オッペンハイマーは異性として魅力的な男だった。映画ではかなりの時間をその派手な女性関係にあてている。モテようなんて思ってない。彼の頭脳や夢中で研究にいそしむ姿に強烈に惹かれた女が次から次へと現れた。映画を見終わったあとYouTubeで家族のインタビューをいくつも聞いた。もっと彼について知りたくなったからだ。

私は日本では通訳の仕事をしていたが、相手が技術者や研究者ならワクワクした。(政治家や官僚はその正反対)説明には理解して欲しいという情熱を感じた。でも上から目線ではなく、こちらが「よくわかりません」と言うと申し訳なさそうな顔をしてたっけ。オッペンハイマーも実はこんな感じではなかったのかとふと思った。