特集:包括的反差別法と「平等と無差別」

国連人権高等弁務官事務所がEqual Rights Trust と共同で出した「包括的反差別法制定のための実践ガイド」を昨年、IMADRは日本語に訳して発表した。290ページに及ぶ実践ガイドを貫いている「平等と無差別に対する権利」に関する議論を、実践ガイドのイントロダクションから抜粋して紹介する。

不平等は、人間の尊厳を損ない、貧困を引き起こし、かつ永続化させ、人権の享有を制限する

不平等は、経済的、社会的および政治的な生活への参加に対する障壁である。それは、人々の人生のチャンスを制約し、コミュニティ全体を圧迫し、周縁化させるよう機能する。これらの直接に影響を受けた人々の経験のほかにも、不平等な社会は、より高水準の収監、暴力、およびその他の社会問題から、より低い水準の社会的流動性にいたるまで、健康問題や社会問題によって、よりいっそう悩まされることになるだろう。不平等は、社会的な結束を損ない、紛争を助長する。マイノリティおよびその他の周縁化された集団の排除を悪化させる。なによりも、不平等は、不公正を組み込んでおり、人々やコミュニティに対する、強力な否定的結果を伴っているのである。

2015年に、193の国々は一同に会して、持続可能な開発のための2030アジェンダを承認した。そうすることにより、諸国は、貧困を除去し、人権を保障し、かつ地球を保護するというこの新たな世界規模の努力において、「誰も取り残さない」ことを誓約した。この声明は、持続可能な開発が、不平等に対処することによってのみ達成しうるという認識を反映したものであり、この事実は、持続可能な開発目標のうち、国内及び国家間の不平等の削減に関する目標10、ジェンダー平等に関する目標5、そしてアクセスの平等、参加の平等、および結果の平等に焦点を当てた、多数に上る他の目標やターゲットによって強化されている。

2030アジェンダにおける、このような平等の中心的な地位は、1948年に採択された世界人権宣言の中に占めている主要な地位に呼応したものである。ホロコーストの恐怖と、第二次世界大戦の残虐行為の結果生まれたものであるが、第二次世界大戦は、「数百万ものユダヤ人、数十万人ものロマ及びスィンティの人々、障害のある人、同性愛者、捕虜、政治的反体制派、そしてレジスタンス・ネットワークの構成員」の絶滅を目の当たりにしたことから、世界人権宣言は、平等および無差別に対する権利を、人権システムの中心に置いたのである、第1条は、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」ことを認めている。第2条は、人権が「いかなる事由による差別をも受けることなく」あらゆる人に付与されるべきであることを明らかにしている。
この二つのグローバルな宣言は、65年もの月日を隔てて宣言されたものであるが、いずれも、公平で、包摂的な、そして平和な社会を創造する努力、貧困を根絶する努力、そして人権の享有を確保する努力のすべてが、不平等に対処するという中心点を必要とする、という諸国の認識を示しているのである。

 

平等と無差別に対する権利

不平等は多様な形態をとり、無数の問題を引き起こしてきた。経済的、社会的、政治的、そして文化的な問題である。そのため、すべての人が平等に参加でき、そして実際に参加する世界を創造するためには、調整された、協働的な、そして包括的なアプローチが必要である。差別の撤廃は、このパズルの鍵となる部分である。つまり、ある人々や集団が、その地位、信念、またはアイデンティティを理由に、不利に取り扱われ、不利益を強いられる状況では、平等などありえない。実際に、このことは、無差別に対する権利をその中心に位置づける国際人権諸文書の採択を通じて、諸国によって広く、そして不断に確認されている。

包括的反差別法の採択、つまり、あらゆる形態の差別を禁止する目的及び効果を有する法は、無差別に対する権利を実現するための努力において、きわめて重要な第一歩である。国際法上認められるあらゆる事由に基づく、あらゆる形態の差別を、法によって規律されるあらゆる生活分野で禁止し、権利の実効的な執行を規定し、そして歴史的または構造的な差別に対処するためのポジティブ・アクション措置を命じる法の制定がなければ、諸国は、無差別に対する権利に効果を与えることはできない。無差別に対する権利の実効性と享有とを確保することによってのみ、諸国は、不平等と闘う大望を実現するだろう。

<省略>

 

発達しつつある平等および無差別に対する権利の理解

国際的な人権に関する実行の初期段階では、平等および無差別に対する権利は、平等に取り扱われる権利と同等のものと理解されていた。このような理解の中心にあるのは、比較の観念であった。つまり、個人は、同様の状況下にある他の者と比較した時に、特定の重要な特徴や「事由」を理由として、別様に取り扱われるべきではない、という考え方である。すべての個人は、その人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的又は他の意見、民族的又は社会的出身、財産、出生又はその他の地位に関わりなく、同様に取り扱われるべきだと考えられていたのである。
時を経て、新たな人権文書が採択され、国際的な実行が国内レベルでの発展に影響を受けるようになるにつれて、平等および無差別に対する権利の理解は、発達してきた。実際に、諸国は、あらゆる形態の差別を撤廃するという中心的で包括的な誓約に効果を与えるために必要な法の諸要素を詳細にし、法典化してきた。この展開を詳細にたどることは、本書の範囲を超える。しかしながら、鍵となるいくつかの傾向を簡単に論じることは、諸国および国際的な諸機関の双方が、なぜ、そしていかにして、包括的反差別法の採択ならびにそれらの実効的な執行及び履行を通じてのみ、平等および無差別に対する権利が実効的に保障されうると結論付けるようになったかを示すのに資するだろう。

第一に、無差別に対する権利の人的範囲が明らかにされてきた。というのも、諸国は「その他の地位」に基づく差別が、最初の国際条約上、明示的に含まれている特徴の短いリストからは省略されている多数の特徴を含んでいると認めるようになったからである。初期の人権文書は、少数の特定の事由のみを列挙しており、なかでも、年齢、障害、及び性的指向を明記していなかった。これらの事由およびその他の事由に基づいて発生する不利益な取扱いもまた、当初の文書に列挙されていた事由に基づいて生じる取扱いと同様に深刻かつ有害であることを諸国が認めるようになるにつれて、より広範な事由のリストが法に盛り込まれるようになった。このことを反映して、人権条約機関は、「その他の地位」という形態として、ますます多数の事由を認めるようになっている。2021年には、国際法上認められている事由のリストは、20以上を数えている。この過程で、条約機関は、差別禁止事由を認めるにあたって、無限定かつ包摂的なアプローチの必要性を強化し、そして繰り返し要請している。数十年にわたる追加的な事由に対する漸進的な承認は、このリストを開かれたものにしておくことの必要性を強調している。更なる発展が、ある人が特定の特徴を有しているという想定に基づく行為、または、特定の特徴を有している人とのつながりに基づく行為もまた、当該人物の実際の地位に関わりなく差別を構成する、という点である。これと並行して、人権機関は、ますます、交差的な差別(つまり、2またはそれ以上の異なる特徴の間の交差のゆえに発生する差別)を禁止する国の義務を認めるようになっており、この義務は、包括的反差別法を通じてのみ達成され得る。

第二に、様々な形態の差別が定義され、かつ明示的に禁止されるようになった。というのも、諸国は、この権利に関する当初の解釈、つまり同様に取り扱われるという権利であるという解釈は、あらゆる形態の差別に実効的に対処していない、ということを認めるようになったからである。特に、異なるニーズや特徴を有する人々を同等に取り扱うことが、差別を引き起こすことがある、という認識が生じてきた。このようにして、追加的な形態の差別が、国内的および国際的なレベルで法に盛り込まれるようになった。間接差別の概念、すなわち、普遍的な規則の適用が、特定の特徴を有する人々に、均衡性を失した否定的な影響を有する際に生じるものであるが、これは、国際法上、長らく確立している。また別途の発展として、国際法は、無差別に対する権利にとって不可決の要素として、合理的配慮に対する権利を認めるに至っている。これは、障害のある人、あるいは他の特定の集団が、平等の立場で参加することを可能にするために必要な調整をさす。これらの、またその他の発展は、取扱いにおける相違の禁止に焦点を当てる無差別に対する権利の狭い解釈から、相違を認め、かつ調整することにより、平等な参加をはかるという包摂的なモデルへの進化を反映するものである。

第三に、諸国は、差別から生じる、全範囲の危害に対処するような新たな救済措置を発展させており、反差別法の実効性を確保するために必要な手続的保障を確立した。これらの措置は、国際レベルで法典化されてきたが、国内レベルでは、反差別法の適用、履行及び執行において経験した課題は、差別に対する救済の分野における新たな基準、および差別にさらされた人々に関する司法へのアクセスについての発展を促した。人権機関は、平等でかつ実効的な裁判所へのアクセスを確保し、被害者化(報復)を禁止しかつ矯正し、ならびに無差別に対する権利の実効性を確保するための証拠および立証を規律する規則を調整するために、国がその立法に盛り込むべき措置に関する指針を提供してきた。かかる申立てが成功する状況では、救済の概念は、差別の組織的及び社会的側面に対処するよう設計された措置を含むよう、拡大してきた。

第四に、すべての生活分野において、権利の享有における無差別と参加の平等を確保するために、積極的で事前的な措置の必要性とその範囲に関する認識が発展しつつある。このことは、差別を撤廃するだけでは、すべての地位やアイデンティティに基づく不平等に対処することにはならないだろうという認識に立脚しており、これらの不平等の多くは、社会経済構造に深く根を下ろしており、また、差別の歴史的なパターンの結果として発生しているのである。ポジティブ・アクション、これはしばしば、特別措置や暫定的な特別措置として言及されるが、この措置は、かかる不平等に対処するために設計された、焦点を絞った優遇措置を含んでいる。最初期の人権文書は、国が、不利益を修正するために設計されたこれらの焦点を絞った措置を採択し、そして特定の人及び集団について平等を増進することができることを認めていたけれども、その後、当該措置は単に許容的なものではなく、むしろ必要とされることが確立している。より広範に、世紀の変わり目以来、実質的平等の達成は、全体的な、そして包括的なアプローチを要するという認識が発達しつつある。このアプローチは、差別の禁止を超えて、広範囲にわたるその他の事前的な措置の採択を含んでいる。

第五の鍵となる領域は、多くの差別の現れ方を下支えし、駆り立てている偏見、固定観念、そしてスティグマといった社会的な力に対処する際の、法の役割に関するものである。一方で、国際法は常に、差別というものが意図的である場合もあれば、意図的ではない場合もあり得ることを認めてきた。したがって、差別の定義は、差別を行った当事者の動機の評価よりもむしろ、個人の特徴(および複数の特徴)と、被害者が経験してきた危害との因果関係に焦点をあてている。他方で、国際法は、平等を損なうような偏見、固定観念、スティグマ、そしてその他の社会的な又は文化的な慣行や行動パターンと闘う措置を取る義務を通じて、差別の根本原因に対処する国の義務を認めている。他の分野と同様に、これらの義務は最初期の人権文書において認められてきたが、近年、国際人権システムは、ますます、偏見、固定観念およびスティグマの役割に注意を払うようになっており、国にとっての明確な基準を発達させてきた。究極的に、国際人権法は積極的なもの、すなわち、多様性の祝福を求めているという認識が増大しつつある。

これらの発展はそれぞれ、差別が発生する経路に関するすべての範囲についての発展しつつある認識と、いかにして多様な形態の差別が不平等を引き起こし、合成するかについての理解の進展を反映している。これらはいずれも、無差別に対する権利の保護及び充足は、法的な概念および定義、手続および規則、権利および義務の法典化を必要とし、その方法は特定の立法を必要とするという認識を反映している。結果として、ミレニアム以降の二十年ほどの間に、包括的反差別法の採択、実施、そして履行を通じてのみ、国はあらゆる形態の差別を完全かつ実効的に撤廃しうるのだという、成長しつつあり、かつ加速しつつあるコンセンサスが出現しているのである。

<省略>

2000年以降、ますます多数の国、南アフリカからモルドヴァ共和国に至るまで、そしてまたボリビア多民族国からグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国にいたるまでが、包括的反差別法を採択してきた。そうすることにより、これらの国は、自国の国内法を国際法上の義務に遵守させようとしてきたのである。
しかしながら、このような法の採択は、それ以上の意義を示している。これは、法が尊厳、包摂、そして多様性といった共有された価値を反映すべきであるということ、法が、危害からの実効的な保護を提供すべきであるということ、そして差別に対処することによってのみ、国は、より平等な社会を創造することができるという認識を示しているのである。

これらの法を支持する理由とは、なによりもまして、これらが平等に対する抽象的な誓約を、法的に執行可能な権利へと転換させ、差別とそれに関連する不利益にさらされた人々に対して、このような取扱いに対抗し、救済を得るための手段を授けていることである。
個別の人民やコミュニティに対する明確かつ直接的な便益に加えて、包括的反差別法の採択と履行は、マイノリティと周縁化された集団の包摂を促進し、多様性と代表性をはぐくみ、そして取り残される危険にさらされている人々の平等な参加を確保する機会を創出してきた。実際に、このような立法の執行は、典型的に、特定の差別行為に制裁を科し、かつ救済することに焦点を当ててきたが、このような執行はまた、固定観念に対抗することにも、積極的に貢献することができる。反差別法の履行は、差別を経験している人が直面する課題について、広く公衆が学ぶことを可能にすることができる。このような法が国内法秩序の活力あふれる一部となるにつれて、これらの法は、スティグマを捺され、かつ排除された人々と集団が、不平等な取扱いに対抗して行動するのを支援することにより、無力感や脆弱さという議論に終止符を打つのを助力することにもなり得る。最終的に、継続的かつ広範にわたる執行は、政策や実行に変化をもたらし、障壁を除去し、そして周縁化され、またスティグマを捺された人と集団の参加を促進し、多様性、理解および寛容を促進することとなるだろう。このようにして、世界中の国々において、包括的反差別法の採択と、実効的な履行は、真の社会的変化をもたらし、かつ、平和の文化、相互間の尊重そして理解における進歩をもたらしてきたのである。

 

(IMADR事務局)