9月25日(月)、第32回ヒューマンライツセミナー「戸籍・国籍・無戸籍〜現代世界から考える」(主催:第32回ヒューマンライツセミナー実行委員会)を東京都中央区の銀座ブロッサムにて開催した。講師には、NPO法人「親子法改正研究会」代表理事で元衆議院議員の井戸まさえさん、歴史研究家で早稲田大学台湾研究所非常勤次席研究員の遠藤正敬さんのお二人をお迎えした。 東京での開催は4年ぶりとなったヒューマンライツセミナー。445名の方にご参加いただいた。また、配布資料として【現代世界と人権27】『「戸籍」人権の視点から考える』(編集・発行 反差別国際運動)をお渡しした。 ここに、当日の概要、参加者の感想などを報告する。
セミナーの内容
開会の挨拶をIMADR専務理事、部落解放同盟中央執行委員長である西島藤彦がおこなった。挨拶の冒頭でジャニーズ性加害問題に言及し最悪の形態の人権侵害であると訴えた。また、IMADRが声明を発表したことなどについても述べ、国連協議資格を持つ団体として今後も意義のある活動を進めていくと語った。また、第32回ヒューマンライツセミナーについて、そのテーマを「戸籍」とした背景にはまさに差別の問題があると述べ、参加者とともに学びを深めたいと語った。
第一部では、講師のお二人にそれぞれご報告をいただいた。
井戸まさえさんは「無戸籍問題が示す『差別』とその解決に向けて」というタイトルで講演をおこない、自身の経験や活動などの実践に基づいたお話から戸籍にまつわる課題や差別の問題を指摘した。井戸さんは冒頭、自身の「公式」なプロフィールとして学歴・職歴・活動歴などを紹介。そして、無戸籍問題との接点として「非公式」なプロフィールを押さえておくことが肝心であるとし、離婚・再婚・出産や恋愛歴、病歴といった「自分史」についても紹介した。離婚後、現在のパートナーとの間に生まれた子どもが当時の嫡出推定規定により、前夫を「父」としなければ戸籍が得られないことから無戸籍となった経緯、戸籍を得ようと行動していく中でぶつかった壁や、乗り越えた課題、明らかになっていった違和感について、体験談やエピソードを交えながら語った。その後、無戸籍者の支援活動に携わっていくなかで可視化された差別として、戸籍の有無によるもの、嫡出否認や認知制度などに関連した男女の違いによるものがあり、また婚姻の状況や性別移行などと関連して同性間でも差別が起こると指摘し、家父長制の影響がいまだに根強いことにも言及。フェミニズムの重要性を語った。無戸籍問題をはじめとして、戸籍制度がある限り数々の問題も起こり続けるだろうとし、「戸籍」という登録制度の存否について開かれた議論が必要だと結んだ。
続いておこなわれた遠藤正敬さんの講演のタイトルは「戸籍の役割とは何か?—『日本人』を管理する装置」。「戸籍」をめぐる歴史を中心に、そこに潜む権力関係について語った。戸籍の成り立ちとして、近代以前の戸籍は当初「臣民簿」としての性格が強く、その後、近世封建社会では定住者や身分秩序に基づいた人口台帳のようなものだったが、武士や公家、行商人・芸能民などの非定住者は記載されなかったと説明した。明治維新を経て、統一の国民登録として壬申戸籍がつくられ、「戸籍に載る者=国民」、「国民の上に立つ天皇」という構図が明確化されるとともに家制度が確立したと語った。また、開国にともなって日本人と外国人との事実婚が増加したことを受け配偶者や子の国籍に関する規定が必要となったが、人種本位の国民観念に基づき、出生地で国籍を決めれば親子間での国籍が異なるため家族の解体を招く、などとして父系血統主義を採用したと解説。現在は父母両系血統主義となっているが、いまだ血統主義に拘泥している。一方、植民地支配の文脈では、内地/朝鮮/台湾戸籍のどの戸籍に載っているかにともなって民族も変換されたことを取り上げ、「家」の原理が生み出すフィクションとしての「血統」だったと語った。また、「在日コリアン」はこの制度のもとで生まれることになったと指摘した。現在に目をうつしても、選択的夫婦別姓制度や同性婚の導入、トランスジェンダーの性別移行などに関連して、戸籍と現実との乖離は大きいことに言及したうえで、民主主義は「個」の多様性を社会的資源として尊重する点に成熟の条件があると語り、その道を阻んでいる戸籍制度をどのように改善していけるかが重要だと結んだ。
寄せられた感想(一部を紹介)
● 制度や法律も、時代と共に変化しないといろいろな歪みが出てきてしまうと感じました。そこを変えるためには、しっかりと現実に起こっている課題を理解しないとならないと思います。
● 戸籍について部落問題との関わりでこれまで考えてはきたが、より幅広い問題にかかわっていると感じた。それだけ問題意識も広がった。内容としては理解するのに難しいところも多かったので、配布ブックレットで復習したい。
● 戸籍そのものに疑問はなかったが、実際に差別が起きていることを知り、自分の勉強不足を感じた。また、自分の子が国際結婚をするので、将来、子・孫のことを考えると今の戸籍制度についての勉強が必要。
● 人権を考えるときに戸籍は今まで念頭に置いたことがありませんでした。今日のお話しを聞いて、日本特有の課題について大変興味を持ちました。いただいた書籍を読んで、理解を深めたいと思います。
● 戸籍、国籍や無国籍についての講話を聴く機会がこれまでなかったので、興味深く拝聴しました。 現代の日本の課題につながるいくつもの要素が含まれているように感じた。
● 戸籍について何も気にしていなかったことが、しっかりと「戸籍意識」が自分の中に根付いていることだと今まで気づかなかった。今後は、逆に戸籍というものについて意識していこうと思った。
● グローバル化や多様化の中で昔ながらの戸籍制度に無理が生じている状況がよく理解できた。根深い問題と感じた。
戸籍は古くから現在に至るまで、部落差別につながる身元調査に使われてきた。さらには、家父長制の温存を制度として支えてきた。そして日本という国が、すでにさまざまなルーツを持つ人々がともに暮らす社会であるにも関わらず、非常に内向きな国民国家であり続けている一因でもある。
あらゆる人の権利が尊重され、差別のない社会をつくるために求められる登録制度とはどのようなものかを考えるにあたって、今回は非常に貴重なお話しを伺うことができた。 IMADRは今後もこうした機会を活かし、活動を進めていく。