ジュネーブ便り〜人種差別撤廃委員会第109会期〜

白根 大輔

国際人権シニアアドバイザー

人種差別撤廃委員会とヘイトスピーチ
2023年4月11日から28日まで国連人種差別撤廃委員会(通称CERD)の第109会期が行われ、アルゼンチン、ニジェール、フィリピン、ポルトガル、ロシア、タジキスタンの審査が行われた。CERDが加盟国審査を行う中で、どの国に対しても常に取り上げられる問題はいくつかあるが、人種主義的ヘイトスピーチはその一つだ。
通信・情報伝達手段が普及し多様化する中、そこで共有される情報は果たしてどれほど「制御」が可能で、どこまでが表現の自由として守られるべきなのだろうか。ヘイトスピーチの課題がCERDの加盟国審査で繰り返し提起されるのは、どの社会にも人種主義や差別という問題が未だ根深く残っていることの表れであり、根本的な取り組みなしには問題が解決につながらないことも明確にしている。

 

人種差別撤廃条約第4条
ヘイトスピーチに関して、人種差別撤廃条約はその第4条で、
(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想の流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色または民族的出身を異にする集団に対する暴力行為とその扇動、及び人種主義的活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供を、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること
(b)人種差別を助長し扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法として禁止すること、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること
(c)国又は地方当局又は公的機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと
をすべての加盟国に対して義務付けている。

 

ICERD加盟国審査とヘイトスピーチ
アルゼンチン審査では、ヘイトスピーチに対する複数の措置が取られているものの、先住民族、アフリカ系の人々、移住者、庇護申請者、難民に対するヘイトスピーチの状況が、特にインターネットやソーシャルメディア上、また公人及び国・地方当局によるものを含め悪化していること。人種主義的動機が処罰の過重要因として適切に適用されていないこと。ヘイトスピーチに関する苦情・調査・処罰・被害者救済についてのデータが不足していることなどが問題視された。
ポルトガルも同様に、ヘイトスピーチに対する法的・行政的措置は取られているものの、ヘイトスピーチやヘイトクライムについてのデータがないこと、メディアやインターネット、スポーツにおけるヘイトスピーチ、公人や政治家による差別的発言、マイノリティに対する脅迫・嫌がらせ・暴力その他の犯罪が報告されていることに懸念が示されている。
ニジェールに対しては、特に選挙時の政治家による人種主義的憎悪、暴力、差別の扇動について懸念が出され、タジキスタンには、現行の刑法では人種差別の扇動や人種主義的動機に基づく暴力が犯罪化されていないことから、現在準備中とされている新刑法の制定を速やかに行うこと、さらにそれが条約第4条の全ての要素を含み、効果的な実施を確保するよう勧告が出されている。
フィリピンの場合、先住民族に対する爆撃やマイノリティ女性に対するレイプやなどを含むヘイトクライムや、公人・政治家による人種主義的ヘイトスピーチなどが、国内法では明確に処罰すべき犯罪とされていないこと。さらにフィリピン政府が人種主義的ヘイトスピーチを犯罪化していると主張する現行規定が、むしろ表現の自由の制限に使用されていることが問題視された。
ロシアの審査では、特にロマや民族的マイノリティ、先住民族や移住者に対するヘイトスピーチが国有メディア・インターネットとソーシャルメディア等で広範に行われていること。被害者が安全に報告する手段がないこと、ヘイトスピーチやヘイトクライムに関する苦情や事件、告訴や加害者処罰についてのデータ不足、政治家や議員、宗教リーダーによるヘイトスピーチおよびこれらの人々に対する調査、告訴、処罰に関する情報がないことなどに懸念が示された。

●しらね だいすけ