報告 国際人種差別撤廃デー 院内集会 「もう、待ったなし。─国際社会と日本の人権ギャップ」

毎年IMADRとERDネットが主催している国際人種差別撤廃デー(3月21日)の院内集会を3月14日、衆議院第二議員会館で開催した。参加者は国会議員9名を含む81名だった。ここに集会について報告する。

 

基調講演「私たちの包括的差別禁止法を作ろう」
弁護士で元国連女性差別撤廃委員会委員長の林陽子さんが表題の基調講演を行なった。
林さんは、「包括的差別禁止法とは何か?」ということに関連し、「包括的(comprehensive)」という言葉の意義、包括的差別禁止法が必要である理由について次の4点を挙げた。
一つ目は、「差別禁止事由を限定しない」こと。差別は、人種、民族、ジェンダー、国民的出身、障害の有無など一つひとつの事由に基づき独立して行われるのではなく、それらが複合的に絡み、構造的な形をとる。単一の差別事由のみを見ているだけでは適切な対処ができないことが多いだろう、と述べた。
二つ目は、「差別が起きる『現場』を問わない」こと。差別は常に新しい形をとって発現する。どこで差別が起きるかを限定せず、職場や教育、金融や住宅などのサービス提供の場も含め、生活のあらゆる面での差別をなくすためには、差別禁止法の「空白地帯」をなくす必要がある、とした。
三つ目は、「差別の禁止を形式的なものにしない」こと。間接的な差別、複合差別など、多様な形態をとる差別に対応しなくてはならない。そのためにはヘイトスピーチの禁止、クオータ制などの積極的な差別是正措置を行うこと、被差別当事者が司法にアクセスしやすい仕組みを作ることが重要で、反差別の取り組みの歴史において改善された問題や、効果的だった事例を学ぶことも求められる、と述べた。
四つ目は、「国内人権機関を設置する」こと。禁止法があっても、実際に差別が起きた時の救済や事前の予防措置について、教育や啓発、国に人権政策の提言などを行う機関が必要とされる。EU加盟の27ヵ国(およびEUを離脱した英国)では、すべての国で差別禁止法が成立しており、同時に国内人権機関(平等機関)も設置されている。差別禁止法と国内人権機関はセットであり、人権条約の選択議定書(個人通報制度)の批准が必須であるとした。
諸外国の取り組みとして、フランスでは2011年に平等機関として権利擁護官が設立されていることや、差別禁止法制が進んでいるヨーロッパ諸国を中心に、イタリア、ドイツ、イギリス、そしてカナダやアメリカの事例が紹介された。
そして、日本国内でのこれまでの試みについて振り返り、過去に2回、差別禁止法に類する法案である人権擁護法案と人権委員会設置法案が国会に提出され、いずれも廃案となった経緯について述べた。特に、2002年に閣議決定された法案では、「人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向」を差別禁止事由として、人権救済機関としての人権委員会を設立するという内容が含まれており、当時のものとしては先進的な部分もあったと評価した。一方、NGOや市民社会としては支持できる点もあったものの、公権力(入管、警察等)による人権侵害への取り組みが弱いことなどへの批判や、メディアが表現の自由を規制されるとして反対し、成立に至らなかったとした。その後2012年に、批判された部分について一部修正を加えた「人権委員会設置法案」が提出されたがこれも廃案となり、現在に至るまで進展がない。
日本で国内人権機関の不在が続いている状況について、国際会議の場で「なぜなのか」と問われることがある。NGOから見た問題点は前述のとおりであるが、「人権侵害を規制する」というコンセプトそのものに反対した保守勢力の声が強かったことから、 日本政府にとって過去2回の廃案が苦い経験になっているのではないか。そしてNGOも当時の課題を乗り越えることができていないのではないかと指摘し、これまでの運動の総括を行うことや被差別当事者の声をもっと聞く必要があると今後の課題を示した。
そして、差別禁止法・国内人権機関・個人通報制度は「不可分のトライアングル」であると強調。2022年12月に国連が公表した「包括的差別禁止法制定のための実践ガイド(タイトル仮訳)」(イギリスの人権NGOであるERTが作成に協力) が出たことを高く評価し、従来は個別に語られがちだった国内人権機関と個人通報制度が包括的差別禁止法のもとでつながっていくということがよく示されていると述べた。
最後に、尊敬している市川房枝の言葉、「平和なくして平等なし、平等なくして平和なし」を引用。今年9月1日で100年となる関東大震災では流言飛語により多くの朝鮮人や中国人、共産主義者が虐殺されたこと、さらに「ウクライナの非ナチ化」を理由にプーチンが始めたウクライナ侵攻では、動員されているロシア兵とその戦死者がロシア国内の民族的マイノリティに集中していることを示す統計に言及し、戦争は特定の集団に対するデマゴギーに始まり、真っ先にマイノリティが被害を受ける、と警告した。そうしたことを防ぐためには差別のない社会をつくる日々の努力が必要であり、その第一歩として包括的差別禁止法の制定が求められると結んだ。
(文責・IMADR事務局)

 

リレートーク
リレートークでは、日弁連個人通報制度実現委員会の中島広勝さんが個人通報制度について報告。導入によって、日本の人権状況の改善が期待されると述べた。
アイヌ女性の組織メノコモシモシの多原良子さんがオンラインで登壇。民族的マイノリティとして、そして女性として受ける深刻な複合差別について述べた。
移住者と連帯する全国ネットワークから安藤真起子さんが登壇。再び国会に提出されることとなった入管法改悪案の問題点を報告。廃案に向けて多くの人が声をあげることが重要だと訴えた。
在日朝鮮人の民族教育をめぐる課題について、在日本朝鮮人人権協会の宋恵淑さんは、日本政府の態度は、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムを助長し続けていると指摘。朝鮮学校に通う子どもを持つ保護者として、無事に学校から帰ってくるだろうかと日々心配をしていると声を詰まらせた。
部落解放同盟の和田献一さんは、鳥取ループ裁判の判決において、差別されない権利が認められなかったことは、差別禁止法がないこの国の限界を示していると指摘した。
外国人人権法連絡会の師岡康子さんは、人種差別撤廃法をめぐる課題について報告。現在の法整備の限界や、ネット上でのヘイトスピーチがヘイトクライムに直結していることに触れ、今の状況を放置すれば100年前のジェノサイドのようなことが起きるかもしれないし、それは戦争にもつながりうるとした上で、日本政府は国際人権条約上の義務を履行する必要があると指摘した。
最後のスピーカーとしてIMADRの小森恵は、1月に行われた日本のUPR審査で各国政府から国内人権機関の設置について多くの勧告が示されたことに触れ、国際社会と日本の人権ギャップは大きいと指摘。そのギャップを少しでも埋めていくために活動を続けていきましょうと結んだ。

 

●IMADR事務局