高校無償化の対象から外された高校生たち ─仮放免高校生奨学金プロジェクト

稲葉 奈々子

移住者と連帯する全国ネットワーク運営委員、IMADR理事

 

現代日本の身分制度—「仮放免」
日本には、在留資格がない未成年の外国人の子どもが約300人存在する。このように在留資格がない外国人(以下、無登録移民)のうち、入管施設に収容されずに、一時的に地域社会での生活を許可されることを「仮放免」と言う。「退去強制令」が出されている仮放免者は2021年末で4174人である。約67000人存在する無登録移民(2022年1月)のなかでも、仮放免者は、帰国できない理由のある人が多い。それゆえ、仮放免の期間が長期化し、人によっては「一時的」が20年近くに及んでいる。日本生まれの子どもで、仮放免のまますでに20代後半の人もいる。もはや「仮放免」は「身分」と化している。 親が働くことを禁止されているため、子どもたちは、極度の貧困状況を生きている。義務教育期間中は、就学援助を受けられるが、高校無償化の対象からは、外されている。そのため学費が払えず進学をあきらめたり、中退を余儀なくさせられる子どもが多く存在する。学校に通えても、交通費が払えずに往復3時間を自転車通学する高校生もいる。制服、体操着やワイシャツの替えを買えなかったり、修学旅行費を払えないケースも多い。 経済的な問題だけではない。「勉強しても無駄」、「努力することは無駄」、「あなたは日本に存在してはいけないのだ」と入管職員に言われ続ける。成長するとともに、次から次へと将来の可能性を奪われ、前に踏み出そうとすると、目の前で扉が閉まってシャットアウトされる。友だちはアルバイトをはじめて、自立しはじめる。遊びにいく場所も県を越えて広がっていく。将来就きたい仕事の話も具体的になっていく。しかし仮放免高校生は、そのすべてが許されていない。 自分は日本に存在することそのものが否定された存在だと認識させられ、自己の存在価値を否定される苦しみと無力感を、日々、経験する。そして、高校生たちは、自分が仮放免であることを教員や友だちに話していないことが多い。「説明が難しい」、「言ったとしても、わかってもらえない」、というのがその理由である。 日本生まれだったり、幼少期に来日したりして、日本の学校に通っている子どもたちが、ある日突然、自分は「日本にいないことになっている」、と知らされる。まったくの不条理であり、本人のみならず、誰にとっても理解することは困難である。現在の日本において、在留資格がないとは、人権がないことを意味するといっても大げさではない。実際、法務省は、「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、在留制度の枠内で与えられているにすぎない」としている。無登録移民には、基本的人権を保障しないという意味である。 反貧困ネットワークと、移住者と連帯する全国ネットワークは関係省庁との交渉のたびに、仮放免高校生への就学支援金制度の適用を求めてきたが、法務省は「帰国が原則」と一蹴し、交渉の余地もない。このように日本生まれであっても、入管に「はやく国に帰れ」「日本にいてはいけない」と言われ続ける高校生たちを応援する市民がいることを伝えるべく、仮放免高校生を対象とした奨学金給付を、反貧困ネットワークと移住者と連帯する全国ネットワーク貧困対策PTが共同で、2023年1月から開始した。

 

仮放免の高校生のための奨学金プロジェクト
「私の両親は日本で出会い、結婚しました。私は、生まれも育ちも日本ですが、無国籍の高校2年生です。私は幼い頃は幸せでした。理由は、何も知らなかったからだと思います。普通に暮らせていて、異常は起きていませんでした。ですが私が保育園の年長のときに異常は起きてしまいました。それが何かというと、父が急に入国管理局に収容されたことです。父が突然奪われたようでした。私は深く心に傷がつきました。それからの人生は辛かったです。 いろいろなことを知り、考え、たくさんのことを我慢したからだと思います。だから、なるべく現実逃避をしながら生きています。それが原因で今一番悩んでいるのは進路です。入管にいろいろなことを制限されているので、将来に希望が持てないでいます。大学を卒業したとしても、その後何もできないのに、という考えが頭に浮かんでしまって、なかなか進路が決まりません。勉強も、どうせ将来何もできないのに、何のために一生懸命がんばっているのだろうと、嫌になってしまうことがあります。」
これは、「仮放免高校生奨学金プロジェクト」の奨学生のひとりが書いてくれた作文の抜粋である。親は、みずからが置かれた状況を知っているが、子どもにとっては、仮放免であることを知らされるのは、ある日突然、「あなたには人権がない」と言われるようなものである。そのショックを想像してみてほしい。 筆者が知るなかでも、精神的なストレスからくる病気を抱えている高校生が少なくなかった。ある高校生は、小学生のときに母親に同行して初めていった入管で、職員に「早く自分の国に帰りなさい。帰らないなら、いつか、あなたが学校にいるとき、皆の前で連れて帰ってもいいんだ」と脅された。それ以来、人に囲まれると過呼吸になったり、自律神経失調症で学校に通えなくなったりしたこともあった。中学の途中から、将来の不安から不眠になり、教室に入ろうとすると、無意識のうちに手が震えたり、足が動かなくなったりして、相談室で自習をするようになったという。
ある仮放免の大学生は、「みんなが持つ子どもの権利は、なぜ私たちに適用されないのでしょうか。不思議で仕方ありません。これらはみんなが持っていて当然の権利です。私たちがそれを欲するのも間違っていないはずなのです」、と述べる。日本で生まれ育った子どもたちは、当然のことながら、自分たちを日本社会のメンバーとして自己認識している。したがって、権利を持つことは当たり前の訴えなのだ。

 

夢を見る自由を取り戻すために
「奨学金プロジェクト」では、仮放免高校生22人が奨学生として決定した。高校生には、大学生・大学院生チューター15人が伴走し、高校生活や進学の相談にも乗る。奨学金の額は、公立高校の学費相当分の1ヵ月1万円である。 上述のように、未成年の仮放免の子どもは全国に約300人いるため、民間の奨学金だけで対応できる問題ではない。外国人の基本的人権が在留資格に従属しているという、民主主義社会ではありえない入管法を、国際人権基準にあわせて変更することが求められている。 また、本プロジェクトの奨学生は当初、15名程度を募集していた。しかし想定を上回る応募があり、22名でスタートした。中学生からの問い合わせもあり、来年以降も奨学生が増えることが予想される。

 

仮放免の高校生と家族に在留資格を
仮放免の高校生の何人かは、学校で「将来の夢」を具体的に語らなければならない場面が、もっともつらいと語る。就労を禁止されているために、将来像を描くことができないのだ。ある高校生は、大学受験の面接で将来の夢をきかれて、「夢はありません」と答えたという。
仮放免高校生の存在は、民主主義国家のなかに、生まれたそのときから人権を否定された人がいることを意味する。上述の省庁交渉で、法務省は、「法令にしたがって手続きを進めた結果、退去強制が確定した外国人は、すみやかに日本から退去することが原則」と繰り返すばかりである。しかし20年以上にわたって、人権を否定されたままの人がいる事実は、「法令」のほうが現実にあっていないことを露呈している。今国会で審議が予定されている「入管法改正案」は、仮放免の外国人のほうに問題があるかのごとくである。しかし、日本政府は、現在の入国管理制度が破綻している事実を直視し、グローバル化した社会の現実に制度のほうを合わせるべく改革すべきなのは、明らかである。

 

●いなば ななこ