子どもの権利の国際基準・日本における課題

尾家 康介

弁護士、IMADR特別研究員

 

こども家庭庁
本年4月1日に「こども家庭庁」が発足した。こども家庭庁のウェブサイトのトップ画面には、4月3日現在、次のようなメッセージが表示されるようになっている。
「こども家庭庁は、こどもがまんなかの社会を実現するためにこどもの視点に立って意見を聴き、こどもにとっていちばんの利益を考え、こどもと家庭の、福祉や健康の向上を支援し、こどもの権利を守るためのこども政策に強力なリーダーシップをもって取り組みます。」
本稿で筆者がお預かりしたテーマ、子どもの権利の国際基準と日本における課題を考えるとき、特に筆者が日々関わっている移民や移民にルーツを持つ子どもの権利に関して最も課題なのは、このウェブサイトのメッセージに書かれていることそのものであると考える。 こども家庭庁発足のニュースの中で取り上げられているのは、少子化対策、特に子どもを育てやすくするための金銭的な手当の話が中心である。少子化対策は極めて重要な課題であるし、経済的に子どもを育てやすい環境を作ることには全く賛成である。しかしながら、そこで議論されている少子化対策は、「こどもの視点に立って意見を聴き、こどもにとっていちばんの利益を考え」たというよりは、現在の社会を回していくために、大人が考えた人口政策であるように思われる。それ自体に異存はないが、少子化対策と併せて、真に「こどもがまんなかの社会を実現するため」の役割も果たしてほしいと願う。

 

教育を受ける権利
日本では、移民や移民にルーツを持つ子どもたちは、まずもって出入国管理の対象である。子どもかどうかではなく、「日本国籍があるか」「在留資格があるか」が国家にとって最大の関心事であるかのようである。行政のシステムがこれを大前提にして組み立てられており、このため、例えば、日本国籍がない子どもとその親は、義務教育の埒外にある。文部科学省の立場によれば、「普通教育を受けさせる義務は、我が国の国籍を有する者に課されたものであり、外国人には課されないと解される。」と説明されてきた。そして、行政は実際に、かなり最近まで義務教育年齢にある外国籍の子どもが教育を受けているかどうかに全く無関心であったし、昨年の文部科学省の調査でも、少なくとも1万3000人以上の義務教育年齢の外国籍の子どもが不就学か就学不明であるとされている(文部科学省「外国人の子供の就学状況等調査(令和3年度)」)。義務教育に関する文部科学省の説明は、「しかしながら国際人権規約等の規定を踏まえ、公立の小学校、中学校等では入学を希望する外国人の子どもを無償で受け入れる等の措置を講じており、これらの取組により、外国人の子どもの教育を受ける権利を保障している。」と続くが、外国籍の子どもが教育を受けることを希望するかどうかを把握していない状態では、教育を受ける権利を保障しているとはいえない。また、子どもの権利条約が「初等教育を義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとする」(第28条第1項(a))ことにも反する。
外国人登録が廃止され、中長期の在留資格を有する外国人のみを行政が住民基本台帳で把握する制度に切り替わって以降、住民登録がない=在留資格がない=学校には行けない、といった誤解も一部自治体で生じているようである(イコールは二つとも誤りである)(関東弁護士会連合会「改正入管法等施行に関するアンケート結果を踏まえた意見書」2015年2月24日)。
加えて、民族学校等を修了しても、義務教育や高校の卒業の資格を認定する仕組みにはなっていない。
高校や大学に入るのはさらに難しい。高校や大学には、帰国者や留学生向けの入学試験はあっても、日本で育った外国につながる子ども向けの入学試験はないか、あっても人数が限られている。日本語指導が必要な高校生の中退率はそうではない生徒と比べて高く、進学率は低い(文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」(令和3年度))。大学や専門学校は、在留資格の要件を設けているところも多い。また、親に帯同して「家族滞在」の在留資格で定時制の高校に通う子どもの相談も多い。親が何らかの理由で途中で帰国をしたり、いなくなったりすると、「家族滞在」の在留資格が認められなくなる一方で、他に定時制の高校で勉強を続けることができる在留資格が存在しないからである。これでは、日本国籍がない子どもは、日本で子どもであるというだけで、大幅に不利である。

 

入管行政
権利よりも管理の姿勢が出るのは、在留資格や退去強制などの入管行政においてより顕著である。一般に、入管は、在留資格を許可するかどうかの判断において、当事者の意見を聴くことはほとんどない。それは子どもの権利が大きく関わる場面でも変わらない。
筆者が実際に知っている例では、日本で生まれ育ったが、親に虐待され、児童相談所に保護されたある外国籍の子どもは、親と同居していないことが理由で、在留資格の変更が認められず、国籍国には身寄りがないにもかかわらず、出国を求められた。別の例では、単純な在留期間の更新の申請に対して、親の在留資格が別の理由で認められないという理由で、子どもの期間更新も認められず、子どもが在留資格を失いオーバーステイになり、退去強制手続の対象となった。どちらの例でも、在留資格を認めないことが子どもの利益に反することが明らかであるのに、在留資格を認めない判断がなされ、また、判断にあたって子どもの意見が聞かれることはなかった(なお、いずれのケースも、当時弁護士は付いていなかった)。

 

子どもの権利条約
子どもの権利条約の中核をなす4つの原則は、差別の禁止、子どもの最善の利益、生命、生存及び発達に対する権利、子どもの意見の尊重である。これらの4つの原則は、本年4月に施行されたこども基本法にも取り入れられており、先のこども家庭庁のウェブサイトのメッセージにも登場する。子どもの権利条約を批准している国の中には、子どもは退去強制の対象としない国(フランス)や、子どもが教育を受け、社会の構成員となることができるように、在留資格のない子どもにも在留資格を付与するという政策を取る国(韓国)もある。
子どもの権利条約にいう子どもは「18歳未満のすべての者」(第1条)であり、締約国は「いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する」(第2条第1項)ものとされている。こども基本法においても、「『こども』とは、心身の発達の過程にある者をいう」(第2条第1項)とされ、「全てのこども」の基本的人権の保障(第3条)を理念としている。

 

「全ての」こどもがまんなかの社会
こども家庭庁も、「日本国籍のこどもがまんなかの社会を実現する」「在留資格があるこどもがまんなかの社会を実現する」とは言っていない。子ども家庭庁は、子どもに関する政策の縦割り行政をなくし、強力なリーダーシップを持たせるために発足したと謳われる。逆に言えば、もし子ども家庭庁が、疎外される子どもたちを置き去りにするようなことになれば、その子どもたちを救う官庁はないという極めて重要な岐路に立っている。義務教育の建前や、入管行政に関わらず、「『全ての』こどもの視点に立って意見を聴き、『全ての』こどもにとっていちばんの利益を考え」ることが要請される。

 

●おいえ こうすけ