ジュネーブ便り 〜人種差別撤廃委員会(CERD)108会期〜

白根 大輔
国際人権シニアアドバイザー

 

会期概要
 国連人種差別撤廃委員会(CERD)の108会期が2022年11月14日から12月2日まで開催された。今会期ではバーレーン、ボツワナ、ブラジル、フランス、ジョージア、ジャマイカの定期審査が行われた。このほか、オランダとスロヴァキアのフォローアップ査定も行われ、早期警戒・緊急措置手続きの下、委員会は中国に対してウイグル自治区での人権侵害に関する書簡を送付した。個人通報制度ではジャロー対デンマークの事案(62/2018)に関して人種差別撤廃条約4条C及び6条の違反が確定された。前会期から開始された一般的勧告37(人種差別と健康)の作成プロセスは108会期でも継続され、委員会は次会期(第109会期)で第1次草案を発表するとした。また国家間通報制度の下ではパレスチナ対イスラエルの件案が引き続き議論された。

 

ヘイトスピーチ・ヘイトクライム
 それぞれの国の状況はもちろん異なり、審査で提起される問題にも大きな差異がある。しかしそれらの差異に関わらずCERDの審査で恒常的に議論される問題がいくつかある。ヘイトスピーチ・ヘイトクライムはそうした問題の一つであり、108会期で審査された国だけでなく、2022年(106、107、108会期)に行われたほぼ全ての国の審査で委員会から懸念が表明され、勧告が出されている。これは委員会がヘイトスピーチ・ヘイトクライムに関して特別の注意を払っていることを示すと同時に、世界のさまざまな国、社会において人種主義、人種差別の問題が未だ根深く蔓延っているという現実、さらにはヘイトスピーチ・ヘイトクライムという人権侵害の厄介さと、それに対する効果的な取り組みの難しさも表している。
 ヘイトスピーチやヘイトクライムの防止や加害者処罰、被害者の保護・救済のための効果的措置が十分に取られていないだけでなく、国内法体系の中に明確な定義や禁止が欠けている国もまだ多くある。政治家や公人によるヘイトスピーチも度々報告されており、差別を禁止する法律があっても、人種主義・差別的要素が刑法に組み込まれていない国もあれば、表現の自由自体が過度に制限されている国もある。何らかの形で禁止する法律があったとしても、それが最終的な解決となるわけでもない。社会の主流派、宗教、国家に対する批判は極度に制限される一方、マイノリティに対するヘイトスピーチ・ヘイトクライムは許容あるいは放置されている国もある。表現の自由の保護を理由に人種差別撤廃条約4条を留保している国(例、日本は(a)、(b)項を留保)や効果的な履行を怠っている国もある。
 ヘイトスピーチに特化したCERD一般的勧告第35が採択されて10年、ヘイトスピーチやヘイトクライムが国際レベルで可視化され、対策がとられる中、このような状況・問題は人種差別撤廃委員会が締約国審査を行う度に報告・提起され、勧告が出されている。

 

道は続く
 人種差別撤廃条約の採択が1965年、条約の発効が1969年、人種差別撤廃委員会がその最初の会期で締約国審査を開始したのが1970年。以来、締約国数は182にまで増加した。人種差別の問題は容易に解決されない。だからと言って私たちの取り組みや国連条約、委員会の存在が無意味というわけでは決してない。強い向かい風の中ではなかなか歩が進まないこともある。次々と新しい挑戦が出てくるなか、これまでの成果が見えづらいこともある。しかし運動がなければ、被害者が泣き寝入りするしかない。条約採択以前の状況と現在を比べてみれば、多くの人の尽力、被害者の闘いの成果が明らかに見える。差別撤廃に向けた道は長く、終わりが見えないからこそ、歩み続けなければならない。草の根の社会からは、ジュネーブがとても遠く感じるからこそ、現場の被害者と国連機関を結ぶ重要性がある。