在日コリアンの参政権についての懸念・勧告

原田 學植/趙 學植

弁護士

 

緒論
 2022年10月に実施された自由権規約委員会による日本政府の審査において、委員会は、在日コリアンの状況について「…関連する法律を改正して、植民地時代からの居住者であるコリアン及びその子孫に地方選挙で投票する権利を付与するように…」との勧告を出している(パラグラフ43)。国連の人権条約機関が在日コリアンに地方参政権を付与するよう求める勧告は2018年8月の人種差別撤廃委員会に続いて2度目、自由権規約委員会においては初めてのことである。

 

歴史的経緯
 2022年時点で、日本(総人口約1億2500万人)にコリア系住民は約100万人程度が居住しているとみられるが、その実数は明らかではない。このうち、約40万人のコリアンが永住資格を持つ外国人として生活しており、さらにそのうち約33万人は20世紀前半の日本による朝鮮半島及び台湾での植民地統治時代に日本での生活を余儀なくされた者とその子孫である。
 これらの特別永住資格を持つ在日コリアン(約33万人)は、1910年に日本による朝鮮半島の植民地統治が開始してから、1952年のサンフランシスコ講和条約により日本が独立を回復するまでの間、日本国籍を有していた者とその子孫である。すなわち、第二次大戦以前には、日本に在住する在日コリアンは、日本国籍者として参政権を認められていた。
 しかし、日本政府は、戦後すぐに在日コリアンの参政権を剥奪した。1945年12月には衆議院議員選挙法を改定し、「戸籍法の適用を受けない者の選挙権及び被選挙権を当分の間停止する」と一方的に決めた。また、1950年には公職選挙法が施行され、日本の戸籍法の適用を受けない者として在日韓国人の参政権を停止する措置を取った。1947年に施行された日本国憲法においても、在日コリアンを憲法上の権利の保障の対象から除外した。日本政府は、1952年に締結されたサンフランシスコ講和条約の発効後、在日コリアンと在日台湾人の同意を得ることなく日本国籍を剥奪した。この剥奪措置は、当時の日本の人口(約8500万人)の一部の者(約50万人)を狙い撃ちにするかたちでなされたものであった。1952年に締結されたサンフランシスコ講和条約には、日本に継続して住むコリアンの国籍について定める条項は設けられていなかったが、国籍剥奪措置は法務府民事局長の通達により実施された。法務府民事局長通達は法的な根拠がなく、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」とする憲法10条に違反すると指摘されている。にもかかわらず、日本の最高裁判所は一貫してこの国籍剥奪措置を是認する立場を示している。

 

日本国籍法に由来する問題の所在
 日本においては、国政選挙及び地方公共団体の選挙の選挙権は日本国籍を有する者にのみ与えられている 。また、最高裁判所も、在日コリアンに地方自治体の選挙権を与えるか否かは、国の立法裁量の問題であるとしている。
 日本の国籍法は、厳格な血統主義を基調とする国籍法であるため、父母が外国籍である子は、日本で出生したとしても、日本国籍を取得しない。このため、1952年に民族的・種族的出身を理由に日本国籍を剥奪された在日コリアンの子孫は、両親のどちらかが日本人と結婚していない限り、日本国籍を取得しないことになる。このような国籍法の下では、4世、5世になっても外国籍のまま暮らす在日コリアンの例もある。実際、1952年に日本国籍を剥奪された在日コリアンの中には、100年以上にわたり日本に居住してきた家族もいる。
 もちろん、日本の国籍法にも帰化手続の規定はある。しかし、帰化手続もまた、日本では民族主義的・種族主義的に運用されてきており、帰化の許否については日本政府が自由かつ広汎な裁量を持つ。例えば、かつては、日本風の姓名への変更を要求するなど、日本民族への民族的・文化的同化を帰化の条件とすることが帰化に関する日本政府の運用指針に明記されていた。現在でも多くの在日コリアンが、文化的同化の圧力と差別に対する恐怖を理由に、帰化の際には韓国式の氏を日本式の氏に変えている。また、日本政府は、在日コリアンの人名に用いられる漢字の一部を日本の氏に使用することを認めておらず、帰化に際して氏を変更せざるを得ない者がいる。さらに、民団をはじめとする民族団体への所属を理由に、帰化申請が拒否されていると思われる事例が今に至るも存在する。そのため、日本社会では、帰化を、法的な国籍取得にとどまらない日本民族への民族的・文化的同化を意味するものと理解する傾向が強い。また、ほとんどの旧宗主国が旧植民地出身者の帰化手続に関しては特別な定めを置いているのに対し、日本の国籍法にはこれらの規定は置かれていない。なお、諸国の国籍法は血統主義と生地主義を併用しているが、日本の国籍法はごく例外的な場面においてしか生地主義を採用しない。かつ、重国籍の保持についても非常に制限的である。OECD加盟国の中で、一方でこのような国籍法を採用しながら、他方で外国人に何らの参政権を付与していない国は、日本だけである。
 このような選挙法制及び日本の国籍法の制度の下において、1952年のサンフランシスコ講和条約に際して日本国籍を剥奪された在日コリアン及びその子孫は、現在においても、国政選挙及び地方公共団体の選挙のいずれにおいても投票権がない。もちろん、現在の在日コリアンの多くは日本で生まれ育ち生活の本拠を日本に置いており、納税の義務等をはじめとして日本人と同じ義務を履行しているにもかかわらず、である。
 なお、韓国では2005年に公職選挙法が改正され、永住権を取得した外国人に対し地方選挙権が付与されており、日本政府の立場は相互主義の見地からも問題である。

 

勧告への評価
 上記のような背景事情を踏まえて、今回の勧告はなされたものと推察される。
 植民地時代に有していた日本国籍を一方的に剥奪され、外国籍のまま数世代に渡って日本に居住しながら地方選挙権すら行使できないという在日コリアンの状況は世界的にも類例をみないものであるが、自由権規約委員会はこうした歴史的事情をも考慮して、「数世代に渡り日本に居住する在日コリアンが地方選挙権を行使できないことは自由権規約に違反する」との見解を示したものと考えられる。
 国際人権法上、「外国籍永住者に一律地方参政権を付与せよ」という規範まで確立しているかはともかく、1952年の国籍剥奪措置等の歴史的経緯を考慮すると、特別永住者への地方参政権すらない状況については人種差別撤廃条約や自由権規約に違反するといった解釈が国際人権法学者などからも示されているところであり、今回の勧告はこうした解釈に沿うものである。
 現在の日本「国籍」の有無にかかわらず、その来歴・歴史的経緯からして日本国および日本社会に属している在日コリアンが、地方参政権を行使したり公の意思形成に参画することは、この社会の多様性に資すると同時に、この社会の平等、公正を実現するためにこそ必要である。今回、自由権規約委員会─差別の是正以上に、人間の自由の追求を主眼とする委員会─がそのことを明示的に表明したことを歓迎したい。

 


*自由権規約委員会による勧告の一部抜粋

<マイノリティの権利>
42 <省略>さらに委員会は、植民地時代から日本に居住している在日韓国朝鮮人及びその子孫で、国民的または民族的マイノリティとして認められるべき一部の韓国朝鮮人居住者を社会保障制度および政治的権利の行使から除外しているとされる政策の差別的運用の報告を懸念する(第26条および第27条)。
43 締約国は、<省略> また、植民地時代から日本に居住している在日韓国朝鮮人とその子孫が、とりわけ支援制度や年金制度にアクセスすることを妨げる障壁を取り除き、在日韓国朝鮮人とその子孫が地方選挙で投票権を行使できるように関連法を改正することを検討すべきである。