難民保護の現状と課題

生田 志織

認定NPO法人 難民支援協会

 

はじめに
 日本の難民認定制度には様々な課題があり、紛争や迫害から母国を逃れた人が、難民としての庇護を十分に保障されない状況にある。2021年の難民認定数は74人で、難民不認定とされた人の数は1万人を超える。2022年についても、アフガニスタン出身者の認定により過去最大の認定数が予想されるものの、制度自体の改善は見られず、特定の国籍に偏った対応であることは否めない。また、不安定な在留資格や収容、公的支援の不足による経済的な困窮など、平均約4年5か月におよぶ審査期間において、申請者は様々な困難に直面する。
 このような日本の難民保護状況に対して、2001年の人種差別撤廃委員会を皮切りに、これまで数々の条約機関から勧告が出されてきた。今回の自由権規約委員会による勧告は、庇護法の採択など、特に抜本的な制度改善を求めるものであった。本稿では、パラグラフ33の「難民及び庇護希望者を含む外国人の処遇」に関する勧告のうち3点に注目し、日本政府のあるべき対応を考える。

 

委員会が日本政府に求めたこと

  1. 包括的な庇護法の早急な採択
     まず、委員会が求めたのは「国際基準に沿った包括的な庇護法(パラグラフ33a)」の早急な採択である。現行の出入国管理及び難民認定法(入管法)は「難民の認定手続を整備すること」を目的としたものであり、難民保護の基盤となる法律とはいえない。法律の内容も包括的とはいえず、申請者の地位や生活保障、適正手続保障や国際基準に沿った難民認定基準の策定といった、適切な難民行政のための規定が含まれていない。また、難民認定に関する専門性や、入管行政からの独立性の欠如といった、難民保護のあり方を根本的に揺るがす課題を抱えている。
     「包括的な庇護」という用語について、2011年には「包括的な庇護制度の確立」を求める国会決議(※1)が衆参の全会一致で採択されている。この決議を踏まえつつ、UNHCRは「難⺠法の制定」や「難⺠を専⾨的に扱う部局の設⽴」を含む包括的な庇護制度の確立を日本に求めている(※2)。
     一方で、政府は2021年通常国会に提出した入管法改正案(その後廃案)において、難民申請者の送還を可能とする規定(送還停止効の例外規定)を設けていた。今回の勧告によって、政府が優先して取り組むべきは難民申請者の送還ではなく難民保護のための制度改善であることがより一層明らかとなった。国際社会のみならず国会からも現行制度の見直しの声が上がっている中で、難民保護法の制定や難民認定を独立して行う組織の設立など、政府の早急な対応が求められる。
  2. 仮放免者の生活に対する権利の保障
     委員会は、次に「在留資格やビザを失い、就労や収入を得る選択肢のない「仮放免者 Karihomensha」の不安定な状況(パラグラフ32)」に懸念を示した上で、『「仮放免」中の移住者に必要な支援を提供し、収入を得るための活動に従事する機会の創設を検討すること(パラグラフ33c)』を求めた。
     2020年以降、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、在留資格をもたない外国人を入管施設での収容から一時的に解く「仮放免」が積極的に運用されている。しかし、仮放免者は就労や国民健康保険への加入が認められず、公的な生活保障の仕組みもない中で、周囲の支えに頼らざるをえない非常に脆弱な立場に置かれている。条約機関による勧告で「Karihomensha」との日本語が用いられたのは、今回が初めてである。在留資格の有無にかかわらず全ての人が有する権利の侵害に対して、国際人権の観点から重大な関心が寄せられているといえる。
     難民申請者の中には、申請時に在留資格を持たない等の理由で、収容や仮放免となる者が多くいる。2020年末時点で退去強制令書が発付され仮放免中の3,061人のうち、1,535人は難民申請中だった。
    さらに、2015年と2018年に行われた「難民認定制度の運用の見直し」によって、難民申請者の法的地位は一層不安定なものとなった。複数回申請者を中心に、それまで認められていた「特定活動」の在留資格の更新を原則行わず、就労を認めない運用がとられるようになったのである。
     運用の見直しが行われる以前から、難民申請者の生活保障や医療、就労へのアクセスを求める勧告が複数出されていた。複数回申請者は難民申請者を対象とした公的支援である「保護費」の原則対象外とされており、特に困難な状況に置かれる。難民申請者を含む仮放免者について、十分な生活水準や医療へのアクセスに対する権利を保障するなど、これまでの勧告の積み重ねを踏まえた制度の見直しが求められる。
  3. ノン・ルフールマン原則の遵守
     さらに、委員会は「ノン・ルフールマンの原則が実務において尊重され、かつ、国際保護を申請する全ての者に、独立した司法機関に猶予効果付きの不服申し立てを行う機会が確保されること(パラグラフ33d)」と、難民申請者の送還に関する勧告も行った。
    ノン・ルフールマン原則とは、難民等の送還を禁止する国際的な原則である。難民条約に加えて、自由権規約においても、送還によって個人を「生命に対する権利」の侵害や「拷問、非人道的もしくは品位を傷つける取り扱い」の危険にさらすことが禁止されている。
     国際保護の中核をなす原則であり、現行の入管法においても、在留資格をもたない難民申請者の送還を停止する規定(送還停止効)が設けられている。しかし、難民不認定に対する異議申し立ての棄却から24時間以内の送還(※3)など、ノン・ルフールマン原則を十分に尊重しない事例が発生しており、難民・難民申請者の送還を実質的に防止するための法制度の改善が求められる。
     なお、委員会が「歓迎する」とした「送還予定日を裁決告知の少なくとも2ヶ月後とすることを規定した退去強制手続の改定(パラグラフ32)」については、2か月という短期間で訴訟を行うことの実質的な困難や、法的根拠がなく例外可能であるといった点から、十分な「改定」とはいえない。出訴期間を含む訴訟中の送還停止を法律に明記するなど、より実質的な改善が求められる。
     しかし、政府が2021年に国会に提出した入管法改正案は、むしろ現行法が禁止する難民申請者の送還に一部例外を設ける内容であり、勧告が求める「独立した司法機関に猶予効果付きの不服申し立てを行う機会」も保障されていなかった。
     今回の勧告は、法案が仮に成立した場合に発生しうる国際人権法の重大な違反に対して、予め懸念を示したものといえよう。UNHCRは、2021年の法案に対して「非常に重大な懸念」を示し、関連する規定を「削除することを推奨」している(※4)。難民申請者の送還ではなく保護の強化に向けた方向転換こそが、行われるべきである。
  4.  

    最後に
     他国での人権侵害から逃れた人に対して、日本政府は、その痛みに寄り添うのではなく、さらなる人権侵害につながる対応を行っているのではないか。難民支援の現場では、そのような懸念を拭えない場面に日々直面している。委員会は難民及び庇護希望者を含む外国人の処遇に関する勧告の推進に関して、2025年11月4日までの情報提供を日本政府に求めている(パラグラフ47)。迅速な制度改善を求めたい。

     


    ※1 第179回国会衆議院決議第2号、参議院決議第1号
    ※2 UNHCR「⽇本と世界における難⺠・国内避難⺠・無国籍者に関する問題について(⽇本への提案)更新版」
    ※3 全国難民弁護団連絡会議「チャーター機による庇護希望者等の集団送還」
    ※4 UNHCR「第7次出入国管理政策懇談会「収容・送還に関する専門部会」(専門部会)の提言に基づき第204回国会(2021年)に提出された出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案に関するUNHCRの見解」

    勧告の日本語訳は「全難連、難民支援協会非公式訳」http://www.jlnr.jp/jlnr/?p=7801による。