性的指向・性自認に関する勧告

谷口 洋幸

青山学院大学法学部ヒューマンライツ学科教授

 

第7回審査の総括所見
 第7回日本審査に関する自由権規約委員会(以下、委員会)の総括所見では、「性的指向・性自認(以下、SOGI)にもとづく差別(パラグラフ10-11)」の項目(パラグラフ10-11)のもとで、(a)意識啓発、(b)同性カップル、(c)法律上の性別変更、(d)トランスジェンダー被収容者に関する4つの具体的な勧告が示された。加えて、「反差別法制(パラグラフ8-9)」「ヘイトスピーチ・ヘイトクライム(パラグラフ12-13)」の項目にもSOGIおよびLGBTに直接的な言及がある。2008年の第5回審査の総括所見において初めてSOGI/LGBTに言及して以来、回を重ねるごとに分量が増加し、内容が具体化される傾向が続いている。以下、第7回審査の総括所見の項目ごとに内容を確認していく。

 

SOGI差別①:意識啓発活動の強化
 まず、(a)では「LGBTに対する意識啓発は固定観念・偏見をなくすための意識啓発活動を強化すること」が求められている。2002年以降、法務省は毎年の人権週間の啓発活動項目としてSOGIを含めている。他の条約機関の日本審査や国連人権理事会の普遍的定期審査(UPR)においても、日本政府は長年にわたる意識啓発活動を重要な実績として報告してきた。しかしながら、20年が経過した現在でも、公人による発言を含め、同性愛嫌悪やトランス嫌悪にもとづく言動は日常的である。総括所見はこれまでと同じ活動を繰り返すだけでなく、具体的な効果が得られるような施策の実施を求めている。

 

SOGI差別②:同性カップルの権利保障
 次に、(b)では「国全体として、公営住宅と同性婚(same-sex marriage)へのアクセスを含む、規約上のすべての権利を同性カップルが享受できるようにすること」が勧告された。公営住宅については前回の総括所見と同一内容だが、同性婚への明示的な言及が含まれたことは重要な変化である。委員会は規約23条にいう婚姻に同性カップルを含めるか否かは国の裁量の範囲内との見解を示している。審査過程でも政府は、現在進行中の同性婚訴訟において合憲・違憲双方の判決が出ており、引き続き注視していくと発言していた。同性婚が公営住宅と並べて例示されたことは、規約上の義務の実現への高い期待が表れている。

 

SOGI差別③:法律上の性別変更要件の改正
 続く(c)では、「生殖器官・生殖機能の喪失と非婚状態を含む、性別再割当ての法的承認に関する不当な要件の撤廃を検討すること」が求められている。具体的には性同一性障害者特例法に定められる生殖不能要件(3条1項4号)と非婚要件(同2号)の撤廃について、具体的な検討が求められている。国連SOGI独立専門家は、法律上の性別変更要件は自己決定を基軸とし可能な限り介入的な要件を撤廃するよう各国に要請している。各要件については2016年の女性差別撤廃委員会の日本審査でも疑問が呈されており(総括所見には言及なし)、2017年のUPR第3サイクルではニュージーランドによる性同一性障害者特例法の改正勧告について、日本はフォローアップに同意した。一方、最高裁判所は2019年と2020年に2つの要件を相次いで合憲と判断している。

 

SOGI差別④:トランスジェンダー被収容者の処遇改
 さらに(d)では、「トランスジェンダー被収容者の独居拘禁を標準処遇としないよう2015年のトランスジェンダー被収容者の処遇指針とその適用の見直しを含め、矯正施設におけるLGBT被収容者の公正な処遇にむけて必要な措置を講じること」が勧告されている。収容の男女分離を原則とする刑事収容施設でのトランスジェンダーの処遇については、日弁連の勧告などを経て、法務省が2011年に処遇指針を通知し、その改訂版が2015年に発出された。独居拘禁は日本の刑事収容そのものが抱える問題とも重なるが、根強いジェンダー規範と共振して、トランスジェンダー被収容者は更に脆弱な立場におかれている。入国管理局などの他の収容施設も含めてSOGIを尊重した処遇が求められている。

 

反差別法制
 また、「反差別法制」の項目には、差別禁止事由として盛り込むべき文言として「性的指向」と「性自認」が列挙されている。包括的反差別/差別禁止法制の不在は、国内人権機関の未設置とならぶ、日本の人権保障における深刻な構造的欠陥といえる。UPRでも再三にわたる勧告をうけており、そこでも差別禁止事由の例示にSOGIが含まれている。前回の総括所見では「SOGIにもとづく差別」の勧告の中で包括的反差別法の制定が勧告されていたところ、今回の総括所見は「反差別法制」を独立させた形をとる。論理的にはこちらの勧告方法が順当といえる。

 

ヘイトスピーチ・ヘイトクライム
 最後に、「ヘイトスピーチ・ヘイトクライム」の項目での言及である。同項目の4つの勧告のうち、犯罪化すべきヘイトの要因と法執行官教育の対象とすべき脆弱な集団の2つの勧告の中でSOGIおよびLGBTが明記された。前回総括所見の同項目にはなかった言及である。2016年に成立したヘイトスピーチ解消法は「本邦外出身者」に対象を限定しており、SOGIを含む他の要因は含まれない。各国、特に西ヨーロッパ地域のヘイトスピーチ・ヘイトクライムに関する法律では要因の一つにSOGIが明示されることも多い。SOGIに起因するヘイトは固定観念・偏見に由来するものも多く、一般に向けた意識啓発活動の強化(前述のSOGI差別①の勧告内容)とあわせて、法執行官に向けた適切な教育は急務である。

 

勧告を活かすために
 委員会は1994年にトゥーネン対オーストラリア事件の見解において、規約2条・26条の差別禁止事由には性的指向が含まれるとの解釈を示した。以後、他の条約機関による同様の解釈の積み重ねを経て、2011年には国連人権理事会が「SOGIと人権」決議を採択している。委員会の報告書審査も、この決議の前後からSOGI関連の指摘が一般化し、今日では独立した項目が立てられている。今回の日本審査の総括所見でも、2008年の第5回、2014年の第6回に引き続き、SOGIに関する勧告が出された。「前回の総括所見に沿って」という勧告の書き出しは、規約上の義務履行が遅々として進んでいない状況を物語る。
 たとえば、同性カップルの権利保障について、2018年の婚姻平等法案の提出や自治体レベルでのパートナーシップ認定制度の増加などの変化はみられるものの、事実婚レベルの権利保障すら行政府や裁判所が否定する段階に留まっている。性同一性障害者特例法は、2003年の成立以来、根本的な改正が行われておらず、性別に違和感をもつ人々の大多数は生活上の性別と法的な性別記載が異なる状態で生きることを余儀なくされている。SOGI差別解消の法制化への取り組みも、「差別は許されない」という記述への反発から、理解増進レベルの法案すら国会に上程できない現状にある。
 一方、改正労働施策総合推進法にもとづくパワハラ指針にSOGIハラやアウティングが明記され、札幌地裁が同性カップルの権利保障がない現行法を違憲と認定するなど、変化の兆しもみえる。現在、日本は国連人権理事会の理事国を務めているが、2019年の理事国選挙で提出された自発的誓約ではSOGIにもとづく差別撤廃への継続的な取り組みを公約した上で5期目の当選を果たしている。他の条約機関の総括所見もあわせて、今回の勧告内容を着実に履行することは、締約国としてのみならず、理事国としての責務でもある。同性婚への言及やヘイトの要因としての明記を含む具体的な改善策の提示は、委員会から日本社会全体に向けた後押しとして、有効に活用することが期待される。