国連と反ヘイト─2つの取り組み

(IMADR事務局抄訳)

 

反ヘイトの国連戦略と行動計画

 世界中で拡大する外国人嫌悪、人種主義と不寛容、暴力的な女性差別、反ユダヤ主義、イスラム・ヘイトの憂慮すべき傾向を受け、アントニオ・グテーレス国連事務総長は2020年6月18日、「ヘイトスピーチに関する国連戦略および行動計画」を開始した。この戦略は、過去75年間、ルワンダからボスニア、カンボジアに至るまで、ヘイトスピーチが大量虐殺を含む残虐犯罪の前兆となってきたことを認識したものである。発足式で事務総長は次のように述べた。

“ヘイトスピーチそれ自体は、寛容、包摂、多様性、そして人権規範・人権原則のまさに本質を攻撃するものです。より広い意味では、ヘイトスピーチは社会の結束を弱め、共通の価値観を侵食し、暴力の土台を築き、平和、安定、持続可能な発展、すべての人の人権実現という大義を後退させます。”

 「ヘイトスピーチに関する戦略と行動計画」の目的は2つある。一つは、ヘイトスピーチの根本原因や推進要因をなくす国連の取り組みを強化することであり、もう一つは、ヘイトスピーチが社会に与える影響に国連が効果的に対応できるようにすることである。戦略と行動計画は以下の4つの重要な原則に立脚している。

1.戦略とその実行は、意見と表現の自由の権利に沿ったものでなければならない。ヘイトスピーチに対処するには、言論を減らすのではなく、増やさなくてはいけない。言論を抑えたら、何も聞こえてこない。
2.ヘイトスピーチに取り組むことは、政府、社会、民間企業、そしてすべての個人の責任である。
3.デジタル時代において、ヘイトスピーチを認識し、拒否し、立ち向かえる力を備えた新世代のデジタル市民を支援しなくてはならない。
4.効果的に行動するには、より多くの情報を得なくてはいけない。ヘイトスピーチの根本原因、推進する要因、助長条件などに関するデータ収集と調査が必要である。

 

反ヘイトのためのダーバン宣言と行動計画

 国連人権理事会51会期は2022年10月3日、人種主義、人種差別、外国人嫌悪および関連する形態の不寛容:ダーバン宣言と行動計画のフォローアップと実施に関する議題項目9の一般討論を終了した。
一般討論では、発言者の多くが、アフリカ系の人びとに関する専門家作業部会の仕事を歓迎した。発言者たちは、包括的で行動指向型のダーバン宣言と行動計画は、現在も、人種主義や人種差別と闘うための不可欠なツールであり、2001年にダーバンの反人種主義・差別撤廃世界会議で合意により採択された当時と同様に、今日的に適切であると述べた。一部の発言者は、ダーバン宣言と行動計画は人種主義と人種差別の撤廃において非常に重要であると強調し、宣言実施へのコミットメントを再確認した。ダーバン宣言の実施と包括的なフォローアップは、すべての国にとって優先事項であり続けるべきだ。

 

歴史的負債の回避が招くヘイトの拡大
発言した人の多くは、制度的人種主義やその他の形態の人種差別が、何百万人もの人びとの尊厳、平等、基本的人権を奪い続けていると述べた。アフリカ系、アジア系、イスラム系のマイノリティグループは、長い間差別され、疎外され、権利を侵害され、その身体的安全は常に暴力の脅威にさらされてきた。人種差別、人種プロファイリング、過去に犯した犯罪の美化は、国際平和と安全保障を促進する努力を著しく損なうものである。一部の発言者は、特に先進国における構造的人種主義の存続と、奴隷制の被害となった人びとへの歴史的負債を回避しようとしてきたことを懸念した。
発言者の多くは、アフリカ系の人びとに対する人種不正義や人種的動機による暴力を強く非難し、この一般討論に提出された多くの報告書は絶望的な状況を描いており、世界が人種主義そして人種差別に終止符を打つために十分なことをしてこなかったことは明らかだと述べた。なかには、イスラムフォビアのケースをとりあげ、イスラム教徒の信仰の実践を妨げようとするいかなる行為も認めることはできないと強く非難した。テロリスト集団の行動をイスラム教などの宗教と結びつけることは、人種差別行為である。独裁的な体制では、人種差別的なヘイトスピーチや、特定の民族・宗教集団に属する人びとの人間性の抹殺の試みは、しばしば国家イデオロギーのレベルにまで上昇し、国内のあらゆる言説を仮想敵についてのプロパガンダに置き換えることを目的としていると発言する人もいた。人種主義や人種差別をなくすことは、集団的な取り組みによってのみ可能である。多様性は力であり、社会にとって脅威ではない。
アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドが警察の暴力によって死亡してから2年以上経つが、民族マイノリティに対する差別的な法の執行と、それに関連する暴力や死は一部の国において続いていると強調するスピーカーもいた。法執行における人種差別と暴力は、奴隷制と植民地主義の歴史をもつ一部の国において、慢性的、制度的そして構造的な人種差別と社会的不平等の問題となっている。一部の発言者は、世界の人権リーダーであると誇示する国の一部において、肌の色のために、法執行機関によって超法規的に逮捕されたり殺されたりする可能性が高いのは遺憾であると述べた。

 

    反ヘイトに立ちふさがる様々な要因と国際社会の結束
    人工知能を含むデジタル技術はますます多くの機会を生み出しているが、誤った利用は基本的人権と民主主義に対するリスクをはらんでいると一部の発言者は指摘した。このようなヘイトスピーチやハラスメントは、アルゴリズムによって助長されることが多く、エンゲージメントを登録し、さらに多くのビューを生成し、ユーザーが憎悪的なコンテンツを投稿するようにプログラムされていることに、深い懸念を示した。デジタル・プラットフォームは人びとにエンゲージメントと参加の機会を提供するものであるにもかかわらず、こうしたプラットフォームの誤った利用がヘイトスピーチを増幅させ、国民的、民族的、人種的あるいは宗教的な分極化を助長する可能性があると、発言者たちは揃って懸念を示した。デジタル時代の今、意見および表現の自由の権利を保護し促進することは基本である。人種主義や人種差別との闘いに資する手段として、テクノロジーの活用に取り組む必要がある。
    一部の発言者は、関係諸国に対して、自国における人種主義や人種差別の深刻な問題を直視し、差別的な政策を包括的に見直し、法執行機関や司法機関を一新し、暴力事件を徹底的に調査して犯罪者に責任を取らせ、被害者に補償するよう求めた。国家は、人種平等のための行動を加速させ、人間の発展における格差や不平等に対処するために、人種主義および関連する不寛容の問題に対して被害者指向のアプローチをとるべきだ。人権理事会と人権高等弁務官事務所は、法執行機関が行う人種差別と暴力の問題をもっと重視し、必要な行動をとる必要がある。
    多くの発言者は、国際社会が国際的な課題を解決し、あらゆる形態の人種主義に関連する問題に対処するための努力を倍にするよう促した。発言者たちは、人権理事会こそ、国家の幅広い関与と参加を得て、この問題についての議論の舵取りをする役割を担っていると述べた。
    一部の発言者は、自分の国では人種主義および人種差別の撤廃に焦点を当てた国家プログラムが深められていて、そのプロセスにおいて市民社会がしばしば基本的な役割を担っていると語った。そして、人種差別を防止し、対処し、根絶し、罰するために設立された具体的な法律やメカニズムについて説明した。ある発言者は、ムスリム・ヘイトの被害者を法律案内、アドボカシー、あるいはカウンセリング・サービスなどで支援する無料のプログラムなど、ヘイトクライムに対処するための具体的なプログラムについて報告した。発言者は、多くの国が9月の国連総会に代表として出席し、そこで「民族的または種族的、宗教的および言語的マイノリティに属する者の権利に関する宣言」の 30周年を記念したと述べた。