2022年4月21日、京都地裁は、琉球民族遺骨返還請求を「棄却」するとの判決をだした。京都地裁は、原告の祭祀権が法的保護にあたいすると指摘したものの、それ以上に、京都大学による人骨研究の権利を優先した。しかし京大は当該遺骨の研究をしてこなかったのであり、また、遺骨を保管できる法的根拠もしめさなかった。琉球民族の遺骨は研究材料でしかなく、琉球民族を人間としてみとめない、「民族差別判決」である。
ただ判決では、亀谷正子氏、玉城毅氏が、百按司墓にほうむられた第一尚氏の王族、貴族の子孫であるという事実認定をおこなった。琉球の「伝統的葬送文化」を前提事実として認定した。日本の裁判所でははじめての認定であった。判決文の「付言」において、原告全員を「琉球民族」であるとみとめ、「原告らが琉球民族として祖先の遺骨を百按司墓に安置して祀りたい心情には汲むべきものがある。」とのべた。これまで日本の国家機関の文書では、「沖縄県民」という名称がもっぱらつかわれてきたが、はじめて「琉球民族」という言葉が公文書に記された。一貫して「琉球民族」として準備書面などで主張してきた成果であったといえる。つまり、「琉球民族」という言葉は、日本とはことなる「琉球国」にすんでいた人々の子孫であり、「民族の自己決定権」をもつ主体であることを意味する。
我々は先住民族の遺骨返還権を主張したが、判決文ではまったく言及されなかった。裁判所はまた、自由権規約27条についても「政治的責任を負うことを宣言したにとどまり」との法解釈をした。世界において、先住民族の遺族などへの、不平等な関係のもとで奪われた遺骨の返還が潮流になっている。しかし、日本では19世紀的な帝国主義的認識が21世紀のいまもつづいており、そのような「学知の帝国主義」を今度は日本の司法も追認したのである。
我々は金関丈夫が違法に遺骨を盗掘した事実を、その歴史的、社会的背景をふくめて詳細に法廷で説明してきた。しかし、裁判所は金関丈夫や三宅宗悦による違法な盗掘の実態を刑事法との関係で判断すべきであったが、それをさけた。
さらに、日本による琉球にたいする植民地支配の歴史について、判決文のなかで言及されなかった。しかし、日本の琉球にたいする植民地主義、帝国主義を批判する主張は、今回の裁判ではじめて提示されたのであり、歴史的な意義があったとかんがえる。
人骨を研究対象とする形質人類学の主流は、ゲノム研究であり、骨を粉末状にして顕微鏡で解析するという手法をとる。この判決にあきらめてしまえば、遺骨はうちくだかれて、調査され、そして廃棄されるだろう。また、琉球民族の骨はモノでしかなく、「遺骨」ではない、つまり琉球民族は人間としてみとめなくていいという、民族差別を野放しにすることにもなる。琉球民族の尊厳を回復し、人間としていきるために大阪高裁に控訴した。大阪高裁での第一回口頭弁論は2022年9月14日におこなわれる。
1996年から26年間、80人以上の琉球民族が先住民族として国連で活動をし、国連、世界の先住民族も琉球民族を先住民族として認知してきた。この不当判決の結果を国連、世界の先住民族、NGO、研究者につたえ、連帯しながら返還運動をおこないたいとかんがえて、2022年7月に開催された「先住民族の権利に関する専門家機構(EMRIP)」第15会期に参加した。
ガマフヤーの具志堅隆松氏と私は、EMRIPにおいて「遺骨土砂問題」「南西諸島有事問題」「遺骨盗掘問題」についての声明文を各セッションに提出し、サイドイベントでも報告、議論をおこない、世界中の先住民族との交流をふかめた。 2022年7月5日の「カントリー・エンゲージメント」のセッションにおいて、日本政府はつぎのようにのべた。日本において先住民族はアイヌしかおらず、沖縄の人々は先住民族ではない。なぜならおおくの沖縄の人々は自らを日本人とかんがえているからだ。また日本政府は米軍基地を発生源とするPFOS(有機フッ素化合物)の沖縄島にある浄水場への混入という環境汚染にたいして、地元政府と協力して適正な措置を講じている。
私は日本政府代表につめよりいくつかの疑問をなげたが、「本省が決めたこと」とだけのべて、席からたちさった。先住民族の権利を回復させるための国連の会議という場における、日本政府によるこのような声明は、「先住民族の権利に関する国連宣言(UNDRIP)」、「先住民族の権利に関する専門家機構」の目的を侮辱するものである。また日本政府は国連人権理事会の理事国の一つとしての資質に欠けていることを明らかにした。豪州、ニュージーランド、北欧諸国、米国等の政府代表は、UNDRIPという国際法を基準にして国内の先住民族政策を実施しているという発言をしているなかでの、日本政府による「琉球先住民族否定」の声明は常軌を逸していた。
日本政府は、2008年までアイヌを先住民族としてみとめていなかった。また1879年に琉球王国を侵略し、併合した日本政府は、琉球民族が先住民族であるかどうかを決めることができる権限をなんらもっていない。さらには「おおくの沖縄の人々が自らを日本人とかんがえている」ということについて世論調査などのような具体的な根拠も示していない。アイヌを先住民族としてみとめるが、琉球民族はそれをみとめないとする、明確な基準も提示していない。
そもそも先住民族であることに政府の承認は必要ない。ILO169号条約にもとづいて、植民地支配下におかれ、独自な歴史や文化をもっている人びとが、みずからの自覚により先住民族になるのである。先住民族としての存在を否定することは、琉球民族の人権、アイデンティティを蹂躙することになる。
私は、26年前に国連先住民族作業部会に最初の琉球先住民族として参加した。それ以来、80人以上の琉球民族がいくつかの国連人権機関の会議に参加して、先住民族の権利の発展に貢献してきた。国際インディアン条約評議会やアジア先住民族連合など、世界の先住民族は琉球民族を先住民族の仲間としてみとめてきた。今回の会議でも、メキシコの先住民族が具志堅氏にハグをもとめたり、記念写真をとったりした。またたがいに直面する諸問題についての情報を交換し、はげましあった。
国連自由権規約委員会や国連人種差別撤廃委員会は、2008年、2018年に琉球民族が先住民族であることをみとめるよう日本政府に勧告をした。2022年2月、沖縄島の那覇市において、琉球先住民族ネットワーク会議による記念シンポジウムにはおおくの市民が参加した。
日本政府は、米軍基地を発生源とするPFOS流出問題を解決するために、日米地位協定の改訂、基地内調査、住民の健康調査などのような具体的な対策をなんらおこなっていない。国連の場で日本政府は嘘をついたのである。
具志堅隆松氏は、戦没者の遺骨が混入した土砂による、沖縄島名護市辺野古における米軍基地建設のための埋め立てに反対して、何度もハンガーストライキをおこない、「遺骨土砂問題」の非人道性を世界に訴えてきた。先住民族が生活する地域において、その民意を無視して大規模な軍事施設が建設されることは地球上でも稀である。これは「先住民族の権利に関する国連宣言」の30条「先住民族が住む場所における軍事活動の禁止」に明確に違反している。
おおくの琉球民族が自分を先住民族であると自覚し、国連の場で日本政府の国際法違反を訴え、世界の先住民族と連帯して日本政府に圧力をかければ、米軍基地や自衛隊基地の建設を中止させ、全ての基地を撤去することができることを意味する。また、京都大学から先祖の遺骨を返還させることも可能となる。
これからも日本政府、京都大学による植民地主義に屈しないで、人間として生きるための人権活動を国内外においてつづけていきたい。
●まつしま やすかつ