住まいが不安定な方のためのワクチン接種会

武石 晶子

特定非営利活動法人 メドゥサン・デュ・モンド ジャポン

(世界の医療団)

ハウジングファースト東京プロジェクトコーディネーター

 

世界の医療団は、フランスで設立され、現在世界74ヶ国で活動する人道医療支援団体である。「医療」と「証言」を主な活動とし、「健康であることは権利」という立場で医療から疎外されている人々をケアし、医療や人権が侵害されている現状を証言。
「誰もが治療を受けられる未来」をめざし活動を展開している。

 

ハウジングファースト東京プロジェクト

今回のテーマをお話する前に、ハウジングファースト東京プロジェクトの活動を少し紹介したい。「医療と福祉支援が必要な生活困難者が地域で生きていくことができる仕組みづくり・地域づくり」をプロジェクトの理念とし、2010年から池袋を中心に活動している。現在は、複数団体から成るコンソーシアムとして、ホームレス状態の方たちを対象に、「住まいは人権である」という理念に基づいて、安全で安心して暮らせる住まいの確保を最優先とする「ハウジングファースト型支援」を実践している。世界の医療団が運営する医療班の活動は、月2回の炊き出し時の医療相談会や毎週の夜回り、また日中の居場所づくりを中心に行っている。

 

コロナ禍での活動

プロジェクトのパートナー団体であるNPO法人TENOHASIが主催する、東池袋中央公園の炊き出しに並ぶ人の人数は、コロナ禍前の2.5倍に増え、2022年4月現在、毎回500人近くがお弁当配布に列をなしている。コロナ禍で経済的に困窮する人も依然として増え続けており、その中には、若い世代や女性、また少数ではあるが外国人の姿も見えるようになった。
医療相談にも毎回60人以上が訪れ、からだの困り事に加え、こころの不調を訴える方が少なくない。医療相談会は、必要な医療機関へ繋ぐ、あるいは体調不良の相談をきっかけに生活福祉相談に繋ぐ、そしてまた路上を脱出するためのきっかけを作る場、いわば入口支援としての役割も担っている。またこの2年間、炊き出しや夜回りに並ぶ人に、マスクや消毒液、支援情報などが入った感染予防キットを配っている。毎回、一人ひとりにお声がけしていると、当事者の声を耳にする機会が増え、そして、新型コロナウイルスワクチン接種についても聞かれるようになった。

医療相談会では、医師、看護師がゆっくりお話を伺う。©︎Kazuo Koishi

 

新型コロナワクチン接種から取り残された人たち

2021年初頭、ワクチン接種の開始が発表された。具体的な接種方法は、各自治体がスケジュールを組み、ワクチン接種券を発送、「住民票のある住所に接種券が届く」。そして予約などの手続きを自身でするというものだった。ところが住民票がない、路上やインターネットカフェなどの不安定な住まいに暮らす人、非正規滞在や仮放免の外国人など、様ざまな人びとが「住民票のある住所で接種券を受け取る」ことから取り残された。加えて接種券はおろか情報さえも届きにくいという状態であった。
その前年に政府が行った特別定額給付金の支給を巡っても、支援現場では住民票がないから受給できないという声を聞くことがあった。ワクチン接種に関しても、接種券が手に入らない、そして保険証や身分を証明できる書類がない、そのために接種を諦めてしまっている人がいたのも事実である。 そうした中、2021年4月30日、政府は、安定した住まいを持たない方もワクチン接種を受けることができるよう、「ホームレス等への新型コロナウイルス感染症に係る予防接種の周知等について」という通達を出した。ワクチン接種の具体的枠組みやスケジュールは、自治体の裁量に委ねられている。そこで早速、活動地域である豊島区行政に連絡したところ、ぜひ協力して接種を進めていきましょう、との回答をもらったのだった。

 

当事者の声を聞く

実際に池袋の炊き出しで、どれだけの人がワクチン接種から取り残されているのか、接種券や情報を入手できない恐れがある人たちのワクチンに関するニーズを明確にしようと、私たち世界の医療団は大規模アンケートを実施した。「接種を希望するか?」「ワクチン接種が始まっているのを知っているか?」「接種券は住民票の住所に届くが受け取れるか?」「接種を希望する場合どこで接種したいか?」「身分証はあるか?」などを、炊き出し会場で5月と7月の2回に渡って聞き取りを行い、それぞれ300人以上の方から回答を得た。
「無料だったら受けたい」「副反応や持病が心配」「ワクチンの詳しい情報がないから受けたくない」「行政から接種の有無での差別、強制されるのではと不安だ」「副作用が出ても保険証もお金もないので病院に行けない」など様ざまな声が聞かれた。また、もし接種後に発熱した場合、「泊まれる場所が用意されるなら受けたい」といった路上で生活している方の声もあった。そして約60人の方が、ワクチンを受けたいが接種券を受け取れないと回答した。

 

10月と11月に接種会を開催

これらの当事者の声を行政に届け、ワクチン接種会に向けて具体的に動き始めたのである。実施に向けて大切にしたことがいくつかあった。当事者の人たちがアクセスしやすい、よりシンプルに接種できるシステムの実現。これは、やはり身分証明書のない方が多かったため、氏名と生年月日の登録だけで予約できるようにした。
また、常に当事者の声、特に不安を感じている声に耳を傾ける、そして正しい情報を必要な人達にしっかり届けること。実際には、行政と協力して、外国人にも周知できるように「やさしい日本語」のチラシを作成し、接種会当日までの3ヶ月間、炊き出しや夜回りに加えて、インターネットカフェや行政窓口での周知活動も行った。
10月は87人の予約があり、11月末の2回目接種を終えた人は、外国人も含め64人だった。副反応の不安の声に応えるため、予め冷却ジェルシートや解熱剤、食料を配布し、接種翌日には炊き出しを行なっている公園の近くに相談ブースを設置、宿泊場所の手配や医療者が電話相談に応じた。

池袋保健所と協働し、炊き出し公園で予約を受け付けた ©︎Kazuo Koishi

 

接種を希望する全ての人がアクセスできているか

集団接種会は終えたが、その後も接種会に参加できなかった人たちからの問合せが相次いだため、池袋保健所と相談し、炊き出し相談会で接種券引換証を発行し、個別接種に繋げる活動も続けている。3回目の接種会に向けても動き出した。
一方、非正規滞在の外国人の人たちがワクチン接種にアクセスするのが困難であることを、外国人支援団体を通して知った。昨年6月、厚生労働省は、本来、在留資格のない外国人を知った場合には通報義務が発生するが、新型コロナウイルス対策では、自治体の判断で通報しないことも可能であると通知している。しかし運用は自治体の裁量に任されるため、滞在地域によっては、通報の恐怖からワクチン接種を受けられない人も一定数いると聞いている。課題はあるが、他団体と協力して現状を打開していきたい。

 

おわりに

ワクチン接種は、長引くパンデミックの収束に向けて大きな道筋となるものではあるが、接種するかしないかは個人の自由であり、強要されるものであってはならない。しかしながら、接種したいのにできない、接種するかしないかを選ぶ権利を何らかの形で奪われているとしたら、それは見過ごせないというのが、今回、私たちが活動に動き出す動機だった。これからも、支援活動の中で特定の人たちの権利が侵害されている事態に遭遇することが多々あるだろう。そこで大切にしていきたいのは、当事者の方たちと一緒に声を上げ、権利を回復していくことである。

 

●たけいし あきこ