優生保護法違憲訴訟判決と今後の展望

藤原 久美子

優生保護法被害者とともに歩む兵庫の会 共同代表

 

優生保護法(1948~1996)を背景に、かつて「不幸な子どもの生まれない県民運動」を展開した兵庫県で、原告5名が違憲国賠訴訟を起こした裁判は、昨年8月3日に判決日を迎えた。
当日の神戸は朝から雷鳴が轟く大雨だったが、入廷行動の時間には、雨も止んで強い日差しが照り付け、蒸し暑さが増していた。そんな中、23席の傍聴券を求めてコロナ禍にも関わらず270名の方が並び、多くのマスコミも駆けつけ、その関心の高さが伺えた。
こうしてやっと入廷した傍聴者が注目する中、神戸地裁(第2民事部 小池明善裁判長)は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」とだけ言い渡して立ち去った。
これまですでに敗訴判決が続いており、全国6例目となる今回の判決も、敗訴が全く予想できなかったわけではないが、原告や支援者に寄り添う姿勢がなく、「障害者には判決理由の説明すらないのか?」と、私は屈辱感からしばらく立ち上がることもできなかった。

なぜ、これが『敗訴』なのか……

その後の報告集会での弁護団による解説では、判決は原告の一人で、聴覚障害者として全国初の提訴をされた故・高尾辰夫さん(仮名)の強制不妊手術と、同じく聴覚障害の小林喜美子さんの不妊手術のいずれも、本人の同意なく家族の同意のみで行われた第3条による手術であると認めている。
そして鈴木由美さんは、この法律の対象外の脳性麻痺であり、子宮摘出も違法であったため、優生手術認定がされない可能性も危惧されていたが、「当時未成年であったこと、(中略)脳性麻痺などの障害を有する女性に対し、生理の介助の負担や妊娠を防ぐことなどを目的として、旧優生保護法施行規則の定める術式ではない子宮摘出手術による不妊手術がされる事例も存在していたことからすると、旧優生保護法12条の審査による優生手術であったと確認される」とした。さらに、辰夫さんが手術された時、すでに結納を交わしていた奈美恵さん(仮名)、喜美子さんと結婚していた寶二さんも、子をもつ権利を奪われたとして、本人だけでなくそのパートナーも含め、原告全員に損害賠償請求権があったことを認めている。
ちなみに、2019年4月に施行された『旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律』では、被害者のパートナーは一時金支給の対象になっておらず、この判決はより踏み込んだものといえる。
更に、優生保護法が幸福追求権・自己決定権を保障する憲法13条、不合理な差別的取扱を禁止する憲法14条、家族に関する事項について個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきとした憲法24条2項に違反するとし、このような違憲の優生条項を廃止しなかった国会議員の違法行為により原告ら5名の手術による損害が生じたとした。
ところがそこまで踏み込みながら、すでに20年以上が経過したとして、国家賠償法4条・民法724条後段(除斥期間)を適用し、原告らの請求を棄却した。優生保護法の優生条項を削除した平成8年(1996年)の時点で、その被害に気付き、裁判を起こすことができたとしたのである。
法廷では、高尾さん・小林さんたちが聴覚障害であることで、日常生活上必要な情報すら得られずに職場でも差別され、辛い思いをしてきたことを手話を使って伝えた。また鈴木さんは就学免除により教育が受けられず、その劣等感からバカにされると考え、何の手術だったのか家族にさえ尋ねられなかった悔しさを、絞り出すような声で訴えた。
手術されたことすら知らなかった原告たちが、法律が改正されたからといって、自らを被害者だと認識するのは容易でないことは、原告たちにきちんと向き合っていればわかるはずである。

優生保護法が社会にもたらしたもの

この判決文は最後に、「旧優生保護法の優生条項が(中略)半世紀もの長きにわたり存続し、個人の尊厳が著しく侵害されてきた事実を真摯に受け止め、旧優生保護法の存在を背景として、特定の疾病や障害を有することを理由に心身に多大な苦痛を受けた多数の被害者に必要かつ適切な措置がとられ、現在においても同法の影響を受けて根深く存在する障害者への偏見や差別を解消するために積極的な施策が講じられることを期待したい。」と、付言している。私たちは、障害者への偏見や差別を解消できるのは司法の場だと考えてきたが、他人事のように国会に丸投げする姿勢に失望した。
一方、2019年に障害者権利条約委員会から出された事前質問に対する政府レポート案では、除斥期間について「裁判所の判断による」とされていたので、国会と司法がお互いに判断を委ね、責任回避する態度にも怒りを禁じ得ない。
原告たちは、手術により長きにわたり健康被害に悩まされ、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)を否定された。これは、人としての尊厳を否定されることであり、その被害は原告たちの一生涯に及ぶだけでなく、「不良な子孫」とされたその他多くの障害者、そして障害児を産んだ女性やその家族への差別を未だに生み出している。2016年の相模原障害者殺傷事件で、障害のある人たちの命が奪われたことに対する反応には、加害者寄りの意見が寄せられ、また生まれる前に子どもの障害を検査する技術は拡大の一途をたどっている。
しかし、役に立たないとされた弱者を切り捨てる優生思想は、誰にとっても、いつ同様の扱いを受けることになるかわからない。今を生きる全ての人に関わる重大な問題なのである。
それにも関わらず裁判官や社会の認識は、ごく一部のマイノリティが、「子どもを産めなくする手術をされた」という一点のみを、矮小化して捉えているようにしか思えない。

勝訴を勝ち取るために

今年1月現在、仙台・静岡・福岡・熊本の4地裁と、すでに判決が出た東京・仙台・大阪、そして札幌で2つの控訴審が行われており、大阪高裁は今年2月22日、東京高裁は3月11日に判決が言い渡される予定である。
そして兵庫は大阪高裁へと舞台を移し、近々控訴審が予定されている。
弁護団によると、これらの判決がどのような内容であっても、最高裁まで持ち越される可能性が高いという。
原告のうち、高尾さんを含む4名がすでに亡くなり高齢化が心配されるが、このまま終わらせるわけにはいかない。
最高裁で原告側勝訴を勝ち取るには、「こんな理不尽を、時間切れで許してはならない!」という社会的な気運の高まりが必須となる。
これまでの判例にも、除斥期間を覆す判決は出されており、国際的にも強制不妊手術が拷問と位置付けられ、日本も批准している拷問等禁止条約では拷問に時効はないとされている。
今年夏には、コロナで延期になっていた障害者権利条約の初回審査が予定されており、また2016年にこの問題に対して強い勧告をだした女性差別撤廃条約委員会の第9次審査を控えている。この2つの条約体からの強い勧告を期待するとともに、国内では兵庫県明石市で、昨年12月21日に旧優生保護法の被害を救済する条例が可決した。こうした自治体独自の取り組みも追い風となる。これらの動きに多くの市民からの関心が集まり、優生思想にNO!を突き付ける世論を高めていきたい。

●ふじわら くみこ