ベトナム人技能実習生 リンさんの闘い

中島 眞一郎

コムスタカ-外国人と共に生きる会


事件の概要

2018年8月レー・ティー・トゥイ・リンさん(以下、リンさん)は、送出機関などに150万円の借金をして、熊本県内のミカン農家に技能実習生として来日した。来日から1年半ほど、リンさんは休日もなしに借金を返すために働き続け、パートナーと交際し、妊娠していることに気が付く。しかし、「妊娠が監理団体や雇用主に知られたら、帰国させられる」という恐れから、誰にも相談できず、2020年11月15日、一人で住んでいた民家の居室で双子の赤ちゃんを死産した。出産の痛みと死産のショックの中で、二人の子どもの遺体をタオルで包み、名前を付け、弔いの言葉を添えて箱に入れ、近くにある棚の上に安置して一晩を一緒に過ごした。翌日、雇用主らに病院へ連れていかれ、医師に妊娠・出産の事実を認めたことで、医師が警察へ通報した。リンさんは2020年11月19日、死体遺棄容疑で熊本県警に逮捕され、同年12月10日、熊本検察庁により同罪で起訴された。約2ヶ月間警察署で勾留されていたが、2021年1月21日に、保釈金200万円で、裁判所から保釈が認められ釈放された。また、リンさんは、従前の実習先が「マスコミが取材に来て迷惑する」として継続的実習を断られたため、新しい実習先を見つけ、転籍の手続きを経て2021年2月下旬から技能実習を再開した。

熊本地裁の有罪判決に至る経緯

保釈が実現したことで、弁護側はリンさんの意思を踏まえて、有罪を認めて情状酌量による執行猶予を得る、というそれまでの方針から、無罪主張へ方針を変えたため、同年2月2日の刑事裁判の第一回公判は、裁判所の職権で取消された。この刑事裁判で、無罪を認めさせるために、これまでの弁護士1名から2名を増やして計3名で弁護団を構成することになった。
2021年2月12日、弁護側の無罪主張を受け、裁判所は公判前整理手続を行うことを決定した。これまで計5回、裁判所で公判前整理手続の事前協議(裁判官、検察官、弁護人の三者による)が開かれ、弁護側の無罪立証方針や証拠意見の提出、検察官の反論がなされた。リンさんは、保釈後見つけた新しい技能実習先で技能実習を継続しながら、刑事裁判の被告人として無罪を主張し、自らのため、そして同様の悩みや問題を抱えている技能実習生のために闘っている。また、法曹三者の枠内で主張していても無罪を実現できないと判断し、世論に広く訴えるため、同年4月24日には熊本市国際交流会館で、リンさん自身がマスコミの前に出席し、日本語で書いた「マスコミの前で訴えたいこと」を読み上げ、弁護団の無罪主張の説明とともに記者会見を行った。
2021年5月10日の第4回進行協議後に検察官が熊本県警芦北警察署に保管されている双子の遺体を遺族に引き渡すことを許可した。それを受けてリンさんは、5月12日午前中に芦北警察署で双子の遺体を引き取り、死体検案書を受取った。そして、同日午後、熊本市役所で火葬許可書を発行してもらい、翌日の5月13日午前中に熊本市内にある熊本市斎場で、双子の遺体を火葬した。死産から、約6カ月を経て、双子の遺体は無事火葬され、遺族である母親の元に戻ることができた。
リンさんの刑事裁判は、裁判所での法曹三者による5回の進行協議を経て、2021年6月21日に第1回公判が開かれ、リンさんへの被告人尋問が行われた。そして第2回公判が同年7月13日に開かれ、検察側が懲役1年を求刑し結審した。判決は同年7月20日に言い渡され、熊本地方裁判所の杉原裁判長は、「死産をまわりに隠したまま、私的に埋葬するための準備であり、正常な埋葬のための準備でないから、国民の一般的な宗教感情を害することは明らかである」として、「懲役8月、執行猶予3年」の有罪判決を宣告した。

熊本地裁判決の問題点

しかしながら、誰にも相談せずに孤立出産することや死産することは、それ自体犯罪ではない。リンさんのような孤立出産せざるを得ない女性は、刑事罰ではなく社会福祉の対象として保護されるべきである。さらに判決は、リンさんは「私的埋葬行為」は行っていないが、その準備行為を行ったとして有罪と判断している。だが、刑法190条死体遺棄罪には予備罪はなく、この判断は刑法の大原則である罪刑法定主義に反する。リンさんが罪に問われているのは、双子の遺体と一緒にいたわずか1日程度の時間でしかない。これまで死体遺棄罪で有罪が認められた過去の判例でも、1年半以上の長期間放置したケース以外は、遺体から離れずにいた場合に有罪が認められたことはない。加えて、墓と埋葬に関する法律は、死産の場合には(蘇生の可能性があるため)24時間の埋葬を禁止している。判決は死産当日、リンさんがどうすれば死体遺棄罪に問われないのかについて何も判断していない。この判決が確定してしまえば、孤立出産する外国人技能実習生や日本人女性だけでなく、病院外で流産や死産した女性は、警察が死体遺棄を疑えば逮捕、そしてマスコミに実名報道され、検察や裁判所がそれを追認すれば、「国民の一般的な宗教感情を害する」犯罪者として刑事罰で罰せられることになる。

控訴審での無罪判決を求めて

リンさんは、「子どもの遺体を傷つけたり、隠したり、放置していない」として一審段階から一貫して無罪を主張しており、この判決を不服として福岡高裁に控訴した。2021年10月6日に弁護団は控訴趣意書と刑法学者2名の意見書、ベトナム人専門家3名の意見書などを福岡高裁へ提出した。控訴審第1回公判は、2021年11月12日午後1時10分から福岡高等裁判所(刑事第2部 辻靖夫裁判長)1015号法廷で開かれた。この日、リンさんの無罪を求める署名約4万8000筆(インターネット署名と紙署名)を高裁刑事事務局へ提出、門前集会には約60名、傍聴希望者が90名以上(一般傍聴席は36名)で傍聴券の抽選が行われ、満席となった。控訴審第一回公判で辻裁判長は弁護人側が求めた証人調べと証拠調べの請求をすべて却下し、判決を2022年1月19日午後2時と述べて即日結審した。
リンさんの無罪判決を求める弁護団支援者は、2022年1月19日に福岡高等裁判所が一審判決を破棄してリンさんに無罪判決を言い渡すことを求め、継続して署名を集めることにした。2021年12月18日に熊本市中央区下通入り口で、2022年1月14日には、福岡市内の西鉄福岡駅付近で街頭署名を集め、その後、午後2時ごろに福岡高裁に第二次署名(総数で6万筆を超える)を提出した。1月15日には、午後2時から福岡市立中央市民センターホールで「ベトナム人技能実習生リンさんの無罪判決を求める支援集会 IN 福岡」を開催。会場参加70名以上、オンライン参加は約50名で、計120名の方が集った。
2022年1月19日、福岡高裁(刑事第2部)は、「主文 原判決を破棄する。被告人を懲役3月に処する、この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。」という有罪判決を言い渡した。同判決は原審判決の、「遺体を段ボールに入れ、接着テープで封をして棚の上に置いて隠匿した作為」について、死体遺棄罪の成立を認めた。一方で、原審判決が、「葬祭義務を負う被告人が、それらの死体を一日以上にわたり葬祭を行わずに、自室内に置いたままにした行為(不作為)」については、相当な期間を経過しておらず不作為の死体遺棄には当たらないとして原判決を破棄した。そのうえで、「死体発見を困難にした程度は高くなく、死者に対する宗教的感情や敬虔な感受を害する程度も大きくなく、一定程度酌むことのできる事情がある」として、処断刑期の下限3月、執行猶予2年間に減刑した。無罪判決を求めるリンさん側は、この判決を不服として上告する意向を示しており、最高裁で争われることになる。

●なかじま しんいちろう