鳥取ループ裁判の判決について

河村 健夫
弁護士・「全国部落調査」復刻版出版事件裁判 原告弁護団

裁判の概要
2016年、部落差別をなくそうとする長年の関係者の努力を一挙に破壊しかねない事件が発生した。ある出版社が、第二次大戦前に作成された全国の被差別部落の「所在地」「生活程度」などのリスト(「全国部落調査」)を入手し、現在の地名との対照表を加え、「復刻版 全国部落調査」して出版を企んだのだ。
「全国部落調査」は、1975年に発覚した深刻な部落差別(就職差別)事件である地名総鑑事件で焼却処分された被差別部落のリスト「地名総鑑」の原典とされる。「復刻版 全国部落調査」の出版を許せば、再び深刻な就職差別、結婚差別、身元調査が横行する。
出版社の経営者宮部(ツイッター名義「鳥取ループ」)は、「復刻版 全国部落調査」を出版しようとするだけでなく、データをネット上でばら撒いた。さらに、「部落解放同盟関係人物一覧」などと称し、解放運動関係者の住所や電話番号、所属団体の役職、SNSのアドレスなどを本人の承諾なく記載したデータをネット上でばら撒いた。現在はネット社会である。データがネット上でばら撒かれる限り、部落差別はなくならないどころか激化する。
そこで、①「復刻版 全国部落調査」の出版とネット上でのデータばら撒きの差止、②「部落解放同盟関係人物一覧」のネット上でのデータばら撒きの差止、③損害賠償(原告1名あたり110万円)を求めて 2016年に提訴したのが「復刻版全国部落調査 出版差止め裁判」である。原告数 249名の大型裁判であった。

判決の概要
足掛け5年の裁判は、2021年9月27日に地裁判決が出た。その概要は①「復刻版全国部落調査」について、掲載された41都道府県のうち25都道府県の記載部分の出版及びネット上での情報開示の禁止(差止)と原告の損害賠償を認め、②「部落解放同盟関係人物一覧」について、差止は否定したものの違法性を認め損害賠償を認めた。損害賠償を認めた原告は判決時の原告236名のうち219名、賠償額合計488万6500円であった。
判決に対し原告、被告の双方とも控訴した。

判決の評価
判決は非常に中途半端で論理的にも分かりにくいが、整理して評価すると次のとおりである。

(1)被差別部落のリスト作成は違法であり人格権侵害と判断
判決は「復刻版全国部落調査」について、被差別部落の地名のみが記載されたリストであっても公表は身元調査を容易にするため、原告らのプライバシー権・名誉権を侵害する違法行為とした。
判決は「復刻版全国部落調査」のうち16都道府県については出版等の差止を認めていないが、当該都道府県の被差別部落のリスト作成を「適法」とした訳ではない。判決は「差止の範囲は当該原告が住所・本籍を置いている都道府県の範囲に限られる」という珍妙な論理を採用し、それゆえに一定の都道府県との関係において救済を否定される原告が発生した。たまたま、ある都道府県において判決が設定した条件を満たす原告がいないために差止が認められなかったとしても、判決は当該都道府県における被差別部落のリスト公開について「違法」であると判断している。
また、判決は被差別部落のリスト公開に対し、損害賠償を認めるだけでは不足と判断し、人格権侵害を理由とする公表禁止(差止)まで認めた。判決は、原告の受けた被害は「結婚、就職等において差別的な取扱いを受けたり、誹謗中傷を受けたりするという深刻で重大なものであり、その回復を事後に図ることは不可能」と明快に断じ、人格権侵害を認めた。

(2)「部落解放同盟関係人物一覧」の違法性と差止の必要性も肯定
判決は「部落解放同盟関係人物一覧」についてもプライバシー権侵害・名誉権侵害であり違法であるとして損害賠償を認めた。
なお、判決は「部落解放同盟関係人物一覧」に関する差止を認めていないが、その理由は「部落解放同盟関係人物一覧」の情報が既に削除済みであるなどの技術的なものであり、差止の必要性は肯定している。

(3)差別されない権利を認めなかった誤り
判決は「差別されない権利」に関して「権利の内実は不明確であって、プライバシー等他の権利が侵害されている場合を超えてどのような場合に…権利が侵害されているのか…判然としない」として、その権利性を否定した。
しかし、「プライバシー権侵害はないが、差別されない権利の侵害だ」との場面は容易に想定できる。判決によれば、「自分は被差別部落出身だ」と積極的に公表した者はプライバシー権侵害が成立しない事になるが、その者に対して「被差別部落出身だからお前は就職させない」と扱えば、それは部落差別であり差別されない権利を侵害する。判決の誤りは明白だ。

(4)アウティング被害について鈍感な判断
判決は「被差別部落出身」「関係団体の役職」などの個人情報を被告が暴露しても、その情報が「既に広く知られている又は不特定多数の人に知られることを容認している」と判決が認定した原告の権利侵害を否定した。
しかし、原告は被差別部落出身であることを信頼できる人に伝えることはあっても(カミングアウト)、「復刻版全国部落調査」や「部落解放同盟関係人物一覧」などの「差別にしか利用されないリスト」に個人情報を勝手に暴露されること(アウティング)は一切承諾していない。判決の判断は誤っている。

(5)現在の住所地・本籍地に関わる原告のみ救済した誤り
判決は、現在の住所地・本籍地が「復刻版全国部落調査」に記載されている原告のみを救済し、過去の住所地・本籍地が掲載された原告や、親族の住所地・本籍地が掲載された原告の救済を否定した。
しかし、「被差別部落とされる地域に現在の住所・本籍がある」人のみが部落差別にあう訳ではない。結婚差別を見れば、地方の被差別部落出身者が東京に移住し別の住所本籍を持っていても、結婚に際して戸籍情報を調査され「被差別部落出身者とは結婚させない」などと差別されるのが、根強い部落差別の実態なのである。
判決は部落差別の実情を全く知らず、机上の空論で逃げた。

(6)原告部落解放同盟の「業務を円滑に行う権利」の侵害を認めなかったこと
判決は、原告部落解放同盟の「業務を円滑に行う権利」の侵害を否定した。裁判では、個人原告とは別に部落解放同盟も原告に加っているが、訴訟の原告となることで自身のプライバシーが晒されるリスクや相応の精神的負担を生じることを考慮すれば、多年にわたり部落差別の解消を目的として活動を続けてきた部落解放同盟が、部落出身者等の権利を実現するために原告となることの意義は極めて大きい。
判決はかかる原告部落解放同盟の訴訟参加の意義を全く理解していない。

(7)「復刻版 全国部落調査」全体の差止を認めなかったこと
判決は「差別されない権利」の侵害を否定し、プライバシー権侵害と名誉権侵害のみを認めた結果、「復刻版全国部落調査」全体の差止を認めず、権利侵害を認定した原告が存在する都道府県のみを差止の対象とした。
これは、最も問題である。
原告は、「復刻版全国部落調査」について被差別部落の地名リストが出回ること自体が権利侵害であり、被害であることを主張した。
しかし、判決は、仮処分段階で認められていた「差別されない権利」を否定し、極めて狭い「プライバシー権」の理解を前提として、一部の都道府県についてのみ「復刻版 全国部落調査」の差止を認めた。判決はその冒頭で日本に残る根強い部落差別について詳論しているにもかかわらず、一部都道府県とはいえ差止の範囲から除外する判断を行った。その判断は被差別部落のリスト作成自体を違法と認めながら実効性ある判断から逃げたものであり、許されない。

以上のとおり判決には重大な欠陥が存在するが、被差別部落のリスト作成は「復刻版全国部落調査」記載の全ての当道府県で違法性を有すると判断した点は重要であり、部落差別撤廃に向けた武器として活用できると考える。