香港、韓国、日本におけるヘイトスピーチ

2020年から東アジアにおけるレイシズムをテーマに香港、韓国、そして日本の市民社会組織がつながり、さまざまな問題について議論を重ねてきた。10月7日にはその集大成となる最後のウェビナーを開催した。【ヘイトスピーチ「だれもが」反対 草の根からできること】をテーマに、香港、日本、韓国のパネリストが、人種差別的なヘイトスピーチに対抗するために、さまざまなステークホルダーと協力してきた経験を語った。ウェビナーでの報告を紹介する。


香港:移住労働者へのヘイトスピーチと法的保護の欠如
2016年の国勢調査によると、香港の人口の92%は中国人。8%の人種的マイノリティのうち、半数以上がフィリピンやインドネシア出身の家事労働者であり、14.5%は主にインド、パキスタン、ネパール、バングラデシュ、スリランカなど南アジアの出身者である。庇護希望者や難民は約4%を占める。
有色人種はその文化や、社会経済的地位の低さに関連した否定的なステレオタイプのために、差別やヘイトスピーチの標的にされる。最も顕著なのが移住家事労働者である。ある議員は立法会で、公共の場に家事労働者がいることは「迷惑」であり、公衆衛生にも影響すると発言した。このような侮蔑的な発言は家事労働者に対する嫌悪感を引き起こし、雇用者の見下した態度を正当化し、固定化する。
庇護希望者に対するヘイトスピーチも深刻だ。香港政府は難民条約を批准していないため、庇護希望者は送還禁止請求裁判を行う必要があるのだが、この手続きには通常何年もかかり、その間は就労が禁じられているため政府の補助金に頼る生活を余儀なくされる。一部の政治家は彼らを「偽装難民」と呼んで外国人排斥を煽り、ソーシャルメディアでは個人が人種差別的で憎悪に満ちたコメントを投稿するだけでなく、一部のグループが南アジア出身者に対する脅迫やヘイトクライムの実行を呼びかけることもある。
しかし香港ではヘイトスピーチからの法的保護はない。2008年制定の人種差別禁止条例(RDO)は人種差別を違法化しているが、訴えを起こす場合、立証責任は原告側にあり、この問題に効果的に対処するには不十分である。また、RDOでは国籍、市民権、移住状況を理由とした差別、ハラスメント、誹謗中傷からの保護は想定されていない。機会均等委員会(EOC)に申し立てをすれば、同委員会は調査し、調停による解決を図ることが法律で定められているが、人種的ハラスメントに関する民事訴訟はこれまで一件もない。
香港ユニゾンを含む市民社会組織は、人種差別撤廃委員会(CERD)の2018年の勧告-①法執行官が人種差別的なヘイトクライムを監視、記録、捜査、起訴、制裁すること、②ヘイトクライムに関する専門検察官を設置すること、③人種差別的なヘイトクライムやヘイトスピーチの被害者が容易に通報できるような支援と適切な救済策が提供されること-の実施を政府に求めている。
●フィリス・チュン(香港ユニゾン)


日本:ヘイトスピーチに対抗する市民社会組織と地方自治体の取り組み
日本におけるヘイトスピーチは主にかつての植民地出身者である在日コリアンに向けられている。2009年末に起きた在特会による京都朝鮮初級学校への襲撃事件を受けて、損害賠償と学校周辺での街宣の禁止を求める裁判が行われた。2014年7月、大阪高裁は、この襲撃が人種差別撤廃条約に基づく人種差別にあたると認定し、原告に対して多額の損害賠償を支払うよう命じた。この判決は世論に大きな影響を与えた。2013年から2014年にかけて、都市部では在日コリアンを標的にしたヘイトデモや街宣が300回以上行われたが、それに対する反発も盛んになり、社会問題化した。
一方で、2013年以降は一部の国会議員もヘイトスピーチ問題に取り組むようになった。2014年、市民社会組織の協力によって人種差別撤廃基本法を求める議員連盟が結成され、翌年5月、同連盟の野党議員7名が、市民社会が作成したモデル法案をもとに「人種差別撤廃施策推進法案」を国会に提出した。2016年3月の参議院法務委員会で、川崎市の在日コリアン女性の崔江以子さんが、地元で行われているヘイトデモによる深刻な被害について意見を述べ、4月、与党は対案として「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」を提出し、与野党の全議員が法案に賛成した。法案は5月に国会で賛成多数で可決された。
同法は、外国にルーツを持つ人びとに対するヘイトスピーチを「容認できない」とし、それに対して国や地方自治体が行うべきことを規定しているが、禁止や罰則の条項はない。この法律に基づいて、大阪市、東京都、川崎市、大阪府、神戸市、東京都世田谷区、東京都国立市、東京都狛江市など、複数の自治体が過去5年間にヘイトスピーチ対策条例を制定した。
特に川崎市は、ヘイトスピーチを禁止し、違反した場合は最高50万円の罰金を課す「差別のない、人権を尊重するまちづくり条例」を2019年12月に制定した。これは差別を犯罪として禁止・処罰する日本初の条例だ。この条例の成立には「ヘイトスピーチの被害者の声」「地域社会の支援」「地方議員との連携」「地元メディアが反差別の立場を明確に示したこと」「東京弁護士会が作成したモデル条例」という5つの要素が貢献した。
他の自治体も川崎市と同様の条例を制定すること、そして包括的な差別禁止法を制定することが今後重要である。
●師岡康子(弁護士)


韓国:国家人権委員会の役割
韓国国家人権委員会(以下、委員会)は、人権を保護し、強化することを目的として2001年に設立された。行政、立法、司法から独立しており、人権に関する法律や政策の改善、人権侵害や差別行為の調査と救済、人権意識の向上と広報、地域や世界の人権団体との協力などを中心に活動している。ヘイトスピーチと差別への対応は委員会の主な役割のひとつである。
韓国社会のヘイトスピーチは、2010年に入って以降ネット空間で顕著になってきており、そのほとんどが女性や移民、特定の地域に向けられている。例えば、2018年にイエメン人約550人が済州島に上陸し難民認定を求めた際には、難民に対するヘイトがさまざまな媒体を通して広がった。
委員会は「ヘイトスピーチの拡散に対する積極的な対応」と題した取り組みを開始し、2019年には特別チームを編成し「ヘイトスピーチについて周知徹底させ、認識を高める」「自発的な行動を広げる」「ヘイトスピーチへの対応を制度化させる」という3つの戦略的目標をもって活動している。
韓国社会には、「純血」と「混血」、国民と非国民という区別が蔓延しており、それが差別や排除につながっている。それはコロナ禍において多くの自治体が移民労働者をハイリスクグループとして検査を義務化したり、一部の道が外国人居住者を緊急支援金の対象から除外したりしたことに表れている。2020年後半には、政府や自治体が作成した配布物に性別や人種に基づく差別的な表現が含まれることが問題視され、委員会のイニシアチブで移民とヘイト表現に関する調査が行われた。調査の結果、18省庁と6つの関連機関の文書や配布物において、150件の差別的表現があることが明らかになった。
ウェブサイトやプレスリリースなどで差別的な表現が多く見られ、例えば「不法移民」、「偽装結婚」、「英語教師」に関する政府の資料に使用されているイラストがステレオタイプを誘発したり、移民を社会問題と関連付けていることが明らかになった。さらに、政府の通達に「国民」という言葉が排他的な意味合いを考慮せずに頻繁に使用されることで、移民の存在が不可視化されていた。
今後は首相官邸を含むさまざまな機関のモニタリングの強化や、多様性と人権を促進するためのトレーニング、そして韓国における移民の可視化のための継続的な対応が必要である。
●オ・ヨンテク(韓国国家人権委員会)
●キム・チョルヒョ研究員(全北大学校社会科学研究院)