再び強権化するスリランカと国連人権理事会

小松 泰介
IMADR事務局次長 ジュネーブ事務所

屋内での集会を5人までとするスイスの公衆衛生措置を受け、 国連人権理事会は2月22日、46会期をオンライン方式で開会した。ミャンマーでの人権状況の急激な悪化への対応にも注目が集まる中、ミチェル・バチェレ国連人権高等弁務官はスリランカに関する報告書を提出した。スリランカでは2019年の大統領選挙で元国防次官のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が当選して以来、人権状況が悪化の一途を辿っていた。

報告書では広範にわたって懸念すべき状況が伝えられた。前政権下で一定の前進があった市民社会の活動の自由やマイノリティの権利保障は急速に後退している。例えば、昨年1年間で40を超える市民社会組織が、治安機関による嫌がらせや監視、尋問を受けたと国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に報告している。また、独立記念日の祝典などにおける国歌斉唱からマイノリティの言語であるタミル語が公用語であるにもかかわらず除外されるなど、様々な場面でマイノリティに対する差別が露わになっている。
人権保障に欠かせない司法も危機に晒されている。昨年10月に第20次憲法改正案が可決されたことにより、司法機関やスリランカ人権委員会といった独立性が求められる機関のメンバーの任命権を大統領が無制限に行使することが可能になった。また、昨年1月に設置された「『政治的迫害』疑惑に対する大統領調査委員会」は、強制失踪事件や暗殺事件の加害者を訴追から守ろうと刑事司法に干渉しただけでなく、人権侵害事案の追及をした個人の市民権のはく奪などを報告書で勧告したと報じられている。大統領はこの報告書の勧告の検討と実施のために新たな大統領特別委員会を今年1月に設置した。これら一連の動きは司法を通して人権救済を求めることを困難にするものである。

さらに、現政権下において行政に対する軍の影響力が強まっている。国防省がNGO事務局や国立メディアセンターを含めた30以上の文民機関を監督するようになった上に、大統領は現職または退役した軍人や情報部員を重要な行政ポストに次つぎと任命してきた。権限が曖昧な大統領タスクフォースがいくつも設置され、これらのポストに国連の報告書などで戦争犯罪や人道に対する罪の疑いに問われている軍の高官が任命されたことに、バチェレ高等弁務官は懸念を表明してる。
スリランカは2015年に人権理事会決議30/1に賛成した際に、内戦に関連した戦争犯罪や深刻な人権侵害の加害者の訴追や被害者の救済などを目的とした4つの機関*を設置することを約束していた。しかし、これまで設置されたのは失踪者委員会と賠償委員会だけであり、それらの委員会も弱体化が心配されている。

高等弁務官の報告書の勧告を受け、イギリス、カナダ、ドイツ、マラウィ、モンテネグロ、北マケドニアはOHCHRによるスリランカの人権状況の監視を2022年9月まで継続すると共に、将来のアカウンタビリティのプロセスのために、OHCHRが深刻な人権侵害や国際人道法違反の証拠や関連情報を収集・保存することを求める決議を提出した。IMADRも国際人権NGOと共に茂木外務大臣に宛てて要請書 を送るなど、スリランカ国内外のNGOが連帯して各国に決議の支持を求めるロビーイングを展開した。スリランカ政府の反対により決議は3月23日に投票にかけられたが、賛成多数で可決された。アジア太平洋地域の13の理事国のうち、賛成したのはフィジー、マーシャル諸島、韓国だけで、日本は棄権した。一度は人権理事会の成功モデルともいわれたスリランカだが、今は失敗例とならないよう国際社会が試されている。

* 真実・正義・和解・再発防止に関する委員会、失踪者委員会、賠償委員会、国際人権法および国際人道法違反の疑惑調査のための司法機関