沖縄県における水の権利を巡る問題

真栄田 若菜
沖縄国際人権法研究会事務局

沖縄と水の権利
近年、国連をはじめ国際社会において、水への権利に対する認知が広がっている。沖縄県では、軍事基地の存在とその運用によって沖縄の人びとの人権がないがしろにされている現実があるが、軍事基地に起因する水に関する問題についても深刻である。実際に米軍基地周辺の飲料水の水源となる場所から高濃度の有害物質が検出されていることから住民の間で懸念が広がっており、沖縄の水の問題を水の権利として捉えることの重要性がますます高まっている。

水に関する国際人権規約
国連では水に対する権利は人権であると認められている。日本も批准する自由権規約には生命に対する権利が定められており、社会権規約では、締約国に対し相当な生活基準や生活条件の改善のための措置をとることや、身体及び精神の健康について定められている。
また、社会権規約委員会の一般的意見 15(2002)では水に関する3つの基準として「利用可能性」(availability)、「質」(quality) 「アクセス可能性」(accessibility)が設定されている。「利用可能性」とは水の供給が個人や家庭にとって継続的なものであること、「質」とは水は化学物質などを含まず人間の健康を脅かすものでないこと、「アクセス可能性」とは全ての人びとが水に対して物理的にも経済的にもアクセス可能であること、である。
さらに2010年の国連総会で、「安全な飲料水と衛生設備へのアクセスの権利を人権として認める」という決議が賛成多数で採択されている。その後の国連人権理事会においても、水と衛生に対する権利は国際法の一部であり法的拘束力を有すると確認され、各国に国家としての役割を果たすよう要請された。2013 年には「安全な飲料水と衛生に対する人権」と題する決議(68/157)が採択され、「安全な飲料水と衛生に対する権利」は生命とあらゆる人権の完全な享受にとって不可欠である」との認識が再確認された。

軍事基地が脅かす水への権利
沖縄県では軍事基地に起因する、住民の水への権利の侵害が問題となっている。特に沖縄本島の嘉手納空軍基地周辺では、汚染物質による地域住民の安全な水に対する権利が脅かされている。
県内の米軍基地で泡消火剤などに使用されている有機フッ素化合物などの有害物質は、発がん性などのリスクや発育への影響が指摘されているが、米軍基地周辺の川などからたびたび高濃度で検出されている。米軍基地周辺に濃度の高い場所が集中していることから、基地が汚染源だと指摘されている。

2019年4月に京都大学の教授らが沖縄県宜野湾市の住民を対象に実施した有機フッ素化合物の血中濃度調査では、全国平均の4倍の数値が出た。製造や使用の規制に向けて国際的な議論が進んでいる有害物質有機フッ素化合物「PFHxS」に関しては、全国平均の53倍に上る血中濃度が検出された。
2020年4月にはPFOSを含む泡消火剤が普天間飛行場から大量漏出する事故が発生した。さらに同年6月には沖縄県の米軍嘉手納基地内の川などから、PFASが国の暫定目標値と比べ最大数百倍の濃度で検出されていたことが判明している。沖縄県や基地周辺の地方自治体は、県や市による基地内の土壌や水質の調査許可や、土壌・地下水の汚染対策、嘉手納基地と普天間基地での泡消火剤使用履歴の提供などを米軍及び日本政府に要請しているものの、調査は実現していない。これまで有害物質による汚染が確認されている米軍基地周辺の川などは、地域住民の飲料水や生活水の水源となっているが、その原因などについてついての十分な調査、検証そして情報公開は米軍の裁量に委ねられている。

自衛隊基地と水の安全
安全な水に関する問題は沖縄本島だけに留まらない。宮古島、石垣島では、自衛隊基地の陸上自衛隊の配備が行われるにあたり、安全な水が汚染される懸念があるにもかかわらず法令に基づく環境アセスが実施されないなど、安全な水に関する情報のアクセスが著しく制限され、水源の汚染が危惧されている。
宮古島では住民はすべての水を地下水に頼っている。自衛隊駐屯地施設の建設や実弾演習などの訓練、駐屯地から流出した有害物質により、水の安全性が脅かされることが危惧されている。
石垣島でも陸上自衛隊ミサイル部隊配備に向け、2019年3月に駐屯地の工事が着手された。この配備予定地の周辺は、島民の水源となっている宮良川の支流にあたる。予定地の約半分を占める市有地は未取得であったにもかかわらずこのタイミングで工事が着工したことについて、住民から「アセス逃れ」であると指摘されている。年度内に着工すれば、4月1日施行の県環境影響評価(アセスメント)条例の適用外となるからだ。環境アセスが実施されなければ、工事や配備により、農業用水や飲料水に使われる水源地が汚染される可能性について住民は知ることができない。
さらに今年2月26日には、沖縄本島の航空自衛隊那覇基地から泡消火剤が流出する事故が発生した。航空自衛隊は当初、有機フッ素化合物は含まれていないと説明していた。しかしその後、同基地内で回収した泡消火剤から、最大で国の暫定指針値の約128倍の有機フッ素化合物が検出され、当初の説明を訂正すると謝罪した。
この現状と上記の国際規約等に基づく水への権利とその基準を照らし合わせると、沖縄県民の水に対する権利が著しく侵害されていると言わざるをえない。

沖縄国際人権法研究会の取り組み
水の問題については、2017年のUPR(普遍的定期審査)の日本審査において、沖縄県における米軍基地及び自衛隊基地に起因する水の問題を含んだNGOレポートを提出した。
さらに、沖縄県において「沖縄らしいSDGs」の共通理念や、沖縄にとって重要な施策を検討するため、2019年に「SDGs に関する万国津梁会議」が設置されるなど、沖縄県内においてもSDGsに関する取り組みが広く行われていることから、沖縄国際人権法研究会では、国際人権規約に基づいた沖縄のSDGs目標はどうあるべきかの議論を重ねてきた。とりわけ沖縄の水に関連する問題については、上記の軍事基地に起因する水の問題に対処することなく、SDGs目標6の「すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」の達成は困難であるという立場から、水に対する権利を基礎とした、SDGs目標6の達成に向けた指標や取り組みについてレポートを作成した。

最後に
軍事基地の建設または運用に起因するとされる沖縄県の水の問題については、どちらも十分な調査、安全な水に関する住民の情報へのアクセス権という安全な水を保障するための基本的な要素が欠けている。環境アセスが実施されず、その結果と対策の公表なしには、水への利用可能性、アクセス可能性、そして水の安全な質という水の権利は保障されない。実際に飲料水の水源から有害物質が検出されているにも関わらず、その原因の究明や対策も十分に行われていないことから、水への権利が侵害されていると言わざるをえない。
水は普段身近にある存在であるからこそ、人権と捉えることが難しい。沖縄におけるこれらの水の問題は、静かに、しかし確実に何世代にも渡り県民の健康を脅かすものである。県内でもSDGsの取り組みが注目されている今だからこそ、県民の間で安全な水に対する権利は、県民一人一人の持つ人権であるという意識を醸成していくことが重要である。そして県民の健康を享受する権利を保障するためにも、水の権利を構成する要素に、沖縄県の状況を照らし合わせた取り組みの整備や、働きかけが求められる。