世界課題のレイシャル・プロファイリング

小松 泰介
IMADR事務局次長 ジュネーブ事務所

国連人種差別撤廃委員会(以下、委員会)はオンライン開催となった2020年11月の102会期において、「法執行官によるレイシャル・プロファイリングの予防と根絶」と題した一般的勧告36を採択した。2019年4月には委員会初の試みとしてこの一般的勧告の草案を公開し、広く意見を募った。これに対し、反差別国際運動(IMADR)を含む市民社会組織をはじめ、各国政府および国内人権機関、国連人権機関や地域人権機関から40以上のコメントが提出されている。草案の改訂中であった2020年5月にはアメリカ合衆国でジョージ・フロイドさんの殺害事件が起き、レイシャル・プロファイリングの問題が世界中で改めて注目されるようになった。奇しくもこの一般的勧告はそのような節目の年に発表された。

レイシャル・プロファイリングという用語は委員会やその他の国連人権機関でこれまで何度も使われてきたが、意外にも国際的に統一された定義はなく、人種主義と不寛容に反対する欧州委員会(ECRI)や米州人権委員会などによる地域単位で採用された定義しかなかった。この一般的勧告では委員会はレイシャル・プロファイリングを、「いかなる程度であれ、人種、肌の色、世系、国または民族的出自を基に個人を捜査活動の対象とする、または個人が犯罪行為に携わったかどうかを決定する法執行の慣行」と定義している。委員会による各国の審査をこれまで傍聴してきて、レイシャル・プロファイリングに関する質問に対し、政府代表団が「私たちの国の法執行機関はそのような方針を採用していないため、レイシャル・プロファイリングは存在しない」という主旨の回答をし、議論が平行線になる場面を度たび目にしてきた。この定義で委員会が「慣行」という言葉を使いレイシャル・プロファイリングは差別的な捜査を指示したような場合に限らないことを明確にしたことによって、今後の議論における同様のすれ違いがなくなることを期待したい。

また、委員会は人種差別と宗教、性別、ジェンダー、性的指向や性自認、障害、年齢、在留資格、職業といった理由による差別との交差性についても一般的勧告の中で指摘している。前述のジョージ・フロイドさんの事件に象徴されるように、アメリカ合衆国の黒人男性は警察による職務質問や暴力をより多く経験することは以前から指摘されている。また、昨年イスラエルであった自閉症を持つパレスチナ人男性が警察に追いかけられ射殺された事件のように、二つ以上の差別事由が関係することもある。EU基本権庁のマイノリティ差別に関する2017年の調査では、ムスリムの人びと(その多くは移民である)が宗教的もしくは伝統的な服装をしている時では、そうでない時と比べて10%も多く警察の職務質問を経験したことが報告されている。これらの例からも、レイシャル・プロファイリングにおいて差別が交差していることが見て取れる。

日本でも2010年にインターネット上に資料が流出し、公安当局が在日ムスリムの人びとを潜在的テロリストとみなして監視・情報収集活動を行っていたことが明らかになり、その後国家賠償訴訟にまで発展している 。これからさらに移民や外国にルーツを持つ人びとが増えていくと言われている日本もレイシャル・プロファイリングの問題は決して無関係ではない。IMADRで一般的勧告を日本語に翻訳したので広く使ってもらいたい。