■第一回 新型コロナウイルス対応における東アジアの構造的人種差別
香港の非中国系の住民は58万4千人ほどで、香港全体の人口の8%を占める。これらの人びとは、移住家事労働者、民族的マイノリティ、庇護希望者・難民、駐在員の4つのグループに分けられる。香港には人種と感染率に関連を示すようなデータはないが、それは人種化された集団が不均衡に影響を受けていないということを意味するわけではない。
実際、民族的マイノリティのコミュニティはパンデミックの影響を強く受けた。その大きな要因の一つが言語の問題だ。民族的マイノリティの多くは中国語や英語を話さないが、公的な通知や情報はほとんどこの二言語で行われる。よってマイノリティの多くは情報へのアクセスが遅れ、マスク、消毒剤あるいは食料の購入が困難になった。また、政府施設における強制隔離は、バングラデシュ、インド、ネパール、パキスタンおよび南アフリカからの入国者のみを対象に行われた。
非中国系住民の中でも特に状況が悪化したのが移住家事労働者だ。もともと彼女たちは労働法によって保護されておらず、多くは雇用者の家に住み込みで働いているが、雇用者には個別の部屋を提供する義務がない。コロナの感染が拡大する中、雇用者が休日の外出を認めないため、毎日朝から晩まで雇用者と過ごさなくてはならず、雇用者がマスクを与えなかったために感染のリスクに直面した。
政府による民族的マイノリティや移住家事労働者に対する情報発信も不十分だった。社会保障などの公共サービスを使う際に、多くのマイノリティは政府による翻訳サービスを利用していたが、政府はパンデミックのピーク時にこの翻訳サービスを停止した。また政府が提供しているコロナの無料検査についても民族的マイノリティへの十分な周知がなされていない。
香港ユニゾンは政府に対してマイノリティ言語による情報発信を改善するよう強く求め、さらに感染予防と隔離政策に関するビデオをネパール語や英語で制作した。また、イスラム教徒への配慮を大きく欠いていた政府の隔離施設について、イスラム文化に関する「無知」を是正するために政府上級担当官に申し入れを行った。
感染発生当初、主に中国本土からの人に対する強い反中国感情が広がった。またマスクをしていない、または安全な距離をとっていない非白人に対する人種的侮辱も頻発した。このような言動は南アジアからの人や移住家事労働者がコロナの感染を拡大しているという否定的ステレオタイプを強化するものだった。
報告:フィリス・チュン
(香港ユニゾン事務局長)
■第二回 移住労働者に及ぼすCOVID-19の影響
香港には約40万人の移住家事労働者がおり、そのうち55%がフィリピンから、43%がインドネシアから来ている。香港の入国管理条例の下で移住家事労働者は「通常の居住者」として扱われておらず、彼女たちの最低賃金や住み込み要件などは一般の労働法とは別の法律によって規制される。コロナ・パンデミックは職場での力の不均衡と、不平等な取り扱いを悪化させた。
多くの雇用者が感染を心配し、移住家事労働者の休日の外出を禁止した結果、移住家事労働者の労働量と労働時間が増加した。その一方、雇用者が仕事を失くしたり香港から出ていったりして移住家事労働者の契約が打ち切られるケースもあった。
そうした移住家事労働者向けの無料のシェルターや寮は何ヶ月も先まで満室であり、安全な宿泊施設はわずかしかない。香港から出国できないなか生活費だけが出ていくため、大きな経済的困難に直面する。さらにそれら施設における衛生状況は十分ではなく、宿泊者から新型コロナウィルス感染者が出ている。そのことが彼・彼女たちに対する差別の拡大の要因にもなっている。
政府の対応にはさまざまな問題があるが、特に失職後2週間以内に新しい働き先を見つけることができなければ出国しなくてはならないという「2週間ルール」は、移住家事労働者が搾取的な条件を受け入れざるを得なくしている。彼女たちは多くの場合、本国の家族を支えるために、劣悪で搾取的な条件に耐えて家事労働者として働いている。さらに、失職と同時に医療保険が解約されるため、医療費負担が個人にのしかかる。そのためパンデミックの間、労働条件に問題があっても仕事をやめないと決めた移住家事労働者もいた。
新型コロナウィルスの感染症拡大から改めて、移住家事労働者の健康と福利は香港に住むすべての人の健康と福祉に関わっていることを確認した。政策決定者と政府は、実態を把握し、人びとの役に立つ政策をつくるため、市民社会と話し合わなければならない。
報告:カレン・ング
■第三回 人種主義と国内法
香港において人種差別に関する法的枠組みの基礎になっているのは2009年に施行された人種差別禁止条例だ。条例では、人種、皮膚の色、世系、国民的または民族的出身に基づく、直接および間接差別、申し立てに対する報復、人種的ハラスメントおよび中傷などが禁止されている。憲法上の保障もある。香港権利章典の1条(1)と22条は自由権規約の2条(1)と26条を引用しており、禁止される差別事由に人種、皮膚の色、性別、言語、宗教、国民的出身が含まれる。さらに、香港基本法はすべての香港住民が法のもと平等であると規定し、非住民にもこれが適用されるとしている。しかしこれらの規定の人種差別の分野における影響は限定的だ。
政府は長年、民間部門における人種差別を禁止する法律を導入することに抵抗してきた。市民社会組織はこの問題について積極的に活動を行い、その結果、国連人種差別撤廃委員会、自由権規約委員会そして社会権規約委員会は香港の人種差別に対する法的保護の欠如について懸念を繰り返し表明するに至った。企業に働きかけたNGOもあった。差別からの法的保護の欠如が香港に外国人材を引きつけることを阻んでいると懸念する企業も多くなった。
こうした声を受けて政府は2006年に人種差別禁止条例案を提出して可決されたが、多くの欠陥がある。条例は政府のすべての機能と権限に適用されるものではない上、英国ですでに無効とされている間接差別の「古い」定義を使っている。さらに、国籍、市民権、および在留の地位に基づく差別が含まれていない。例えば中国本土出身者に対する差別は条例の適用範囲外だ。また包括的な人種差別禁止法を制定するのではなく、個別の差別に対応した法律を一つずつ制定するというアプローチをとっている。法改正に向けた動きも非常に遅い。
また、これまで人種差別禁止条例に基づいて出された判決は一件だけである。判決文は、警察活動を含む大半の政府の機能が適用外であるために条例を使うことはできないと述べている。一方で、機会平等委員会は広範な調査権限を持っているが十分活用されていない。
報告:ケリー・ロパー
(香港大学法学部准教授)
【第2回ウェビナーを受けた 運営委員会からの勧告】
運営委員会は、韓国、日本そして香港は、コロナパンデミックで脆弱性が高まっている移住労働者を保護するための 包括的な法律と政策を欠いていることを懸念する。
運営委員会は、移住労働者への健康保険や失業保険の適用拡大などの社会保障保護の強化、職場変更の自由の確保、すべての移住労働者およびその家族の権利保護条約および関連するILO条約の批准を含め、移住労働者を直接・間接差別から保護するための法律や政策を強化することを勧告する。