総論:ウェビナーから見えてきたこと

新型コロナウイルス感染拡大は韓国、香港そして日本における人種差別をうけているコミュニティの状況を悪化させた。なかでも、難民および庇護希望者を含む移住者は、いずれの国においても、医療および社会的保護措置への限られたアクセス、言葉の壁、不安定な雇用、在留資格そして移動の自由への制限など、移住者特有の脆弱性に影響を及ぼす要因により、大きな困難に直面した。しかし、これら移住者のニーズに対する政府の対応は、3カ国においてそれぞれ異なった。日本では、住民登録を行っている移住者は政府の特別定額給付金を受けることができたが、韓国と香港では大半の移住者はそうした救済措置から除外された。香港の移住家事労働者に関する規則と条件は、彼女たちに搾取やその他の人権侵害の大きなリスクを負わせた。一方、非正規の移住者を保護措置から除外することは、3カ国において共通してみられた。韓国、香港そして日本の市民社会組織は、パンデミック下の移住者の状況を改善するために、新型コロナウイルスに関する多言語情報の提供や緊急支援物資あるいは支援金の提供など、人権活動や支援活動に取り組んだ。
コロナパンデミックは、排他的な考え方が根強いこの地域に居住する移住者やその他人種差別の対象にされている集団に対する制度的差別をむき出しにした。人種差別と効果的に闘うため、市民社会組織は取り組みを進め、香港の「人種差別禁止条例」や日本の「ヘイトスピーチ解消法」の制定など、いくつもの成果をあげてきた。しかし、どの国にも包括的な反差別法はない。そのうえ、人種差別に反対する条文を含んでいる既存の法律でさえも、ヘイトスピーチなどの差別行為に対して効果的に実施されていない。
国内法と人種差別撤廃条約など国際人権基準との乖離は、それぞれの管轄圏において存在し続けている。韓国、香港そして日本の市民社会は、国内において、そして国連人権条約機関の自国の審査を通して、包括的な差別禁止法を求める運動を行ってきた。韓国の市民社会組織は、包括的な反差別法を求める連合体を作った。2020年には差別禁止法案が韓国国会に上程され、東アジアの反レイシズムと反差別の闘いの突破口になるものと期待されている。


【韓国・香港・日本の人権インフラ】
韓国
政府の出入国管理統計によると、韓国には総人口の約5%を占める252万4656人の外国人が居住している(2019年12月時点)。過去5年間で毎年約7%着実に移住者の人口増加傾向が続いている。外国人人口全体の約半数を占めるのは朝鮮族を含む中国人で、次いでベトナム、タイ、米国、日本の国籍保持者が続く。2019年12月時点で約86万3千人の移住者が雇用されている。
韓国においては何度か立法の試みがあったものの包括的な差別禁止法はまだ存在せず、市民社会や国家人権委員会による立法への取り組みが進んでいる。いくつかの法律には差別禁止に関する規定が含まれているものの、差別の被害者の救済を規定しているのは国家人権委員会法だけである。人種差別的意図に基づいたヘイトクライムを判断する規定は存在せず、そのような犯罪は加重処罰の対象になっていない。
韓国は、「強制失踪防止条約」および「移住労働者権利条約」を除いた主要な国際人権条約のほとんどを批准している。また、「子どもの権利条約」の2つの選択議定書も批准している。また、人種差別撤廃委員会、自由権規約委員会、女性差別撤廃委員会、拷問禁止委員会の個人通報制度を受諾している。独立性などについて定めた「国内人権機関の地位に関する原則」(パリ原則)を完全に遵守しているとして、韓国国家人権委員会はAステータスの認定を受けている。

香港
2016年に実施された国勢調査によると、香港には総人口の8%を占める58万4383人の中華系でない人びとが暮らしている。これらの人びとの大部分は家事労働に従事する移住者であり、2019年時点で39万9320人の移住家事労働者が香港で働いており、そのうち約54.8%がフィリピン人、42.7%がインドネシア人、2.3%がその他のマイノリティである。
香港では2009年に人種差別禁止条例が制定されたものの、差別の事由に国籍、市民権、言語、在留資格が含まれていないため、人種差別撤廃条約下での義務を十分に遵守できていない。また、条例は香港で唯一の差別禁止条例であるが、政府の任務遂行や権限行使における差別を対象としていない。2016年には、人の追跡、逮捕、捜査を含む警察の行動は人種差別条例の規定に該当しないという判例がでている。さらに、これまで一度も条例の下で刑事訴追が行われたことはない。
香港は、「強制失踪防止条約」および「移住労働者権利条約」を除いた主要な国際人権条約のほとんどに加盟している。また、「子どもの権利条約」の2つの選択議定書を批准している。国連人権条約機関の個人通報制度に関してはどれも受諾していない。香港の平等機会委員会はパリ原則を遵守していないとみなされている。

日本
日本には先住民族、マイノリティ、移住者のコミュニティがある。2019年時点で1万3118人の先住民族アイヌの人びとが北海道に暮らしていると記録されているが、道外のアイヌ人口は不明である。部落民の人口は300万人、在日コリアンの人口は80万人以上である。2019年12月時点で300万人以上の外国人が日本に居住しており、そのうち41万1972人以上が技能実習生である。
日本には包括的な差別禁止法はないが、上記のコミュニティの一部に関して、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(2016年)、「部落差別の解消の推進に関する法律」(2016年)、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(2019年)が制定されている。
日本は「移住労働者権利条約」を除き、主要な国際人権条約のほとんどを批准している。選択議定書に関しては、「子どもの権利条約」の2つの議定書は批准しているが、その他の国連人権条約機関のもとでの個人通報制度はどれも受諾していない。そして、パリ原則に沿った独立した国内人権機関は未だ設立されていない。