報告 タイ〜民主化の岐路〜

白根 大輔
CCPRセンター・アジア太平洋地域コーディネーター

タイでの民主化を求める抗議活動が今年7月から改めて活発になって来た。私の住むタイ、チェンマイの日本総領事館からは、各地での「反政府集会」の開催に関し、安全に注意するよう促す一斉メールが度たび送られて来ている。ちなみにタイでは歴史的にも軍による政治介入やクーデター、さらに民衆による抗議活動は決して珍しくない。21世紀に入ってからも、2006年と2014年に2度クーデターが起きており、現在15歳以上の人は皆、これらクーデターとそれに続く2度の軍政を経験していることになる。2019年3月の選挙を通し、名目上「軍政」は終わった形だが、軍関係者による政党政治が継続されている。

今回の一連の抗議活動は、2019年選挙で若者から絶大の支持を受けて議席数3位に入った野党が、今年2月、裁判所命令により解散させられたところから始まった。この動きはコロナウイルス・パンデミックとそれに対するロックダウンで一時的に止まった形となっていたが、今年6月、2014年のクーデター以降カンボジアで亡命生活を送っていた活動家が強制失踪したことで再燃し、コロナウイルス感染拡大の一定の抑止とロックダウン解除に合わせ、7月からさらに活発さを増した。大きいものでは1万人から2万人規模が集まっている。今のところ単独のリーダーがいたり統一された運動があるわけではなく、バンコクを中心にタイ各地で、学生や若者、活動家を中心とした別べつのグループがそれぞれ緩やかに連携しながら、大規模なものも小規模のものも含め、デモや集会が概ね平和的に行われている。共通するメッセージとして軍出身首相の退任や内閣解散、2017年軍政下に制定された憲法の改正、政府批判の抑圧の終結などを、またグループによっては汚職の取り締り、教育制度の改革や、さらにこれまでタブー視されて来た王室改革、不敬罪の廃止など、より包括的な民主化を要求している。
このような動きの中、デモや集会の中核とされる人たちが数名、教唆・扇動罪などで逮捕され、またそれらへ参加したり、支持を表明した学生たちは学校や警察等による威圧、自粛強制に直面している。ただし、逮捕された人びとは比較的短期間のうちに保釈されており、2014年のクーデター以降、2019年の選挙まで続いた軍政下で見られた市民社会や批判全般の厳しい取り締まり、あるいは人権活動家、ジャーナリスト、表現や集会の自由へのあからさまな弾圧に比べると、政府当局からの対応はこれまでのところ主に警告的なものや間接的な圧力にとどまっていると言ってもよい。王室改革を訴える声に対しても、軍政下に見られたような不敬罪の適用(濫用)も今のところなく、5人以上の政治的集まりが禁止されていた当時から見ると、デモや集会を行えること自体大きな違いだろう。

しかし状況は決して安定しているわけではなく、緊張はむしろ高まっている。今回の一連の抗議活動はタイの政治や民主化の課題など、根深い問題を改めて浮き彫りにし、それらは未だ解決されていない。またコロナウイルスやその対策による経済的困難や、相次ぐスキャンダルで人びとの中の不満や不信が募るなか、タイの民主化は今まさに新たな岐路に立たされている。