米田 祐子
表現の自由と開かれた情報のためのNGO連合・共謀罪廃止のための連絡会
危ぶまれる表現の自由
近年、日本における表現の自由の現状は、危機的とも言える状況にある。国境なき記者団が毎年発表する世界報道の自由度ランキングで、日本はG7のうち最下位の66位。2012年以降、60位以下の低迷が続く。政権によって市民、市民団体、報道機関の反対意見が排除され、忖度・萎縮の空気が社会に広がっている。一方、そうした風潮の中、自分の信念や考えをはっきり打ち出す人は、度を越したバッシングやハラスメントを受けてしまう。
沖縄における基地建設反対運動の弾圧や、東京新聞望月記者が当時の菅官房長官や首相官邸報道室から受けたハラスメントは、その代表例と言えよう。また、昨年開催された国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」では、慰安婦を表現した少女像をめぐって、テロ予告や脅迫が殺到した。更に、本来多様な言論・表現の場を担保する立場にある文化庁は、当初「あいちトリエンナーレ」への補助金交付を決めていたにも関わらず、補助金撤回、のちに減額、という一方的な判断を下した。これは、表現の内容に公権力が介入する「検閲」と批判される。
こうした風潮は、国会内及び世論の強い反対にも関わらず2013年に制定された特定秘密保護法や、2017年に強行採決された共謀罪法によってさらに助長されてしまった。政府は曖昧な基準で「特定秘密」と指定した自らの情報を秘匿できるのに対して、市民が実際の犯罪行為を伴わず「共謀」すれば犯罪として罰することができる。「特定秘密」に当たる情報を入手、報道したジャーナリストは犯罪として罰せられ、政府の意にそぐわない報道により慎重になるであろう。また、一般市民による政権に批判的な言論や表現を「共謀罪」として潰し、「共謀罪」の取り締まりを理由として捜査機関が市民社会への監視を行うことができるようになる。共謀罪法の審議過程で政府はこうした懸念に対する説明責任を果たしていない。それどころか、当時の金田法務大臣は、「人権団体、環境団体であっても、その団体の目的が変われば、組織的犯罪集団に当たり得る」と答弁し、大きな批判を招いた。
一般市民からの強固な反対の中で、政府は、制定後も「共謀罪は一度も適用されていない」という。しかし、大垣市民監視事件は、水面下で行われる公安警察による市民監視の実態を垣間見せるものだった。2014年、岐阜県大垣警察署は、風力発電施設設置計画に批判的な市民4名の個人情報を中部電力子会社である民間事業者に提供した。当該民間事業者の議事録によると、警察はこれらの人物を中心に反対運動が大々的な市民運動に展開すると「御社の事業も進まないことになりかねない」と警告していた。しかし、岐阜県警及び岐阜県個人情報保護委員会は、「公共の安全と秩序の維持」を理由に市民4名からの情報開示請求を却下している。市民4名が原告となって県及び国を相手取り、違憲を訴え個人情報の抹消を求める訴訟は、現在係争中である。
自由権規約と日本の現状
国連・市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下、自由権規約)19条は、「全ての人は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する」と定める。ここには「あらゆる種類の情報及び考えを、求め、受け、伝える自由」が含まれるとされ、「表現の自由」と「知る権利」が表裏一体であることを明記している。
表現の自由は、人がその人らしくあるための基本的な権利である。また、自由で活発な市民活動の基盤でもある。市民が、政府から受け取る情報が知らないうちに統制されていたら、自由に考えを発展させ独自の意見を持つことはできない。思ったことをはっきり言えない社会では、社会の分断や相互不信は強まり、尊重されるべき多様性が押し殺されてしまう。
自由権規約では、国による表現の自由の制限は、非常に厳格に限定的にのみ許されるものとされ、制限はむしろ例外的であり、恣意的な運用は決して許されない。国際的な基準に鑑みて、日本の現状は明らかにおかしい。しかし、この状況がいかに世界の非常識であるかという認識は、どれだけ日本社会に浸透しているだろうか?
自由権規約委員会による第7回日本審査が行われる。コロナ禍で延期になったが、来年には日本の自由権の実態について審査されるだろう。日本の現状に危機感を抱く市民団体23団体は、「表現の自由と開かれた情報のためのNGO連合」を結成し、表現・報道・集会の自由、知る権利、共謀罪、秘密保護法について、自由権規約委員会に共同報告書を提出した。この課題に対する幅広い関心を反映して、人権、環境、平和、教育の自由、消費者やマイノリティの権利保護、報道の自由に携わる市民団体や労組が参加し、分野横断的な市民団体の連合となった。報告書は下記のサイトで公表されている。
https://sites.google.com/view/ncfoj
自由権規約委員会による審査でこれらの問題提起が取り上げられ、審査後の日本政府に対する国連勧告に取り上げられることを期待している。また、国連勧告の発表後も、日本政府が国連の勧告に応じるか、市民社会としてしっかりウォッチして世論を盛り上げていかなくてはならない。「表現の自由と開かれた情報のためのNGO連合」は、一般向けのウェビナーなどを通して、報告書の提起する課題や勧告について周知を図り、一般社会の関心を喚起していきたい。