パンデミックとロックダウンのインド

ジュディス・アン・ラル博士*
NCDHR正義のための全国ダリット運動

ダリットの正義実現に取り組んで
私は正義のための全国ダリット運動で、差別の問題、ダリット・コミュニティの人権保護、そしてダリット女性のリーダーシップの促進、性的な差別・排除・暴力について取り組んでいます。インドは独立からすでに70年が経ち、ダリットに対する差別は憲法や法律で禁止されています。また、運動家やジャーナリストは反カースト運動も進めてきました。それでもまだ差別・暴力が経験されています。これはそうした取り組みに対する支配的カーストによるバックラッシュによるものです。また、ジェンダー、カーストに基づく暴力はまだ相当な数で発生しています。ダリット、部族、未成年の少女たちが毎日のようにレイプされているという現状があります。ダリットまたはそのほかの周縁に追いやられた部族が残虐行為から保護されるよう取り組んでいる私たちの活動をぜひ皆さんに知っていただきたい、そして参加いただければと思っています。

コロナ・パンデミックがもたらした「不安」
世界中でコロナの影響で経済的な危機や大規模な失業が起きています。そして不安の増大が起こっています。この危機や不安は個人だけではなく、コミュニティや国家に対しても課されています。インドにおいては特に周縁化されたコミュニティに対して、つまりジェンダー、エスニシティ、性的指向による交差的な差別を受けている人びとに、より大きな影響を与えています。彼/彼女らは今、助けが得られない中で、食べ物や医療について自分たちで自らを助けなくてはいけない状況になっています。また、非常に厳格なロックダウンが突然アナウンスされことで、インフォーマルセクター*で働く多くの人が大きな影響を受けました。生計を失ったことでダリットのコミュニティ、特にダリット女性に大きな影響がありました。このパンデミックによってたくさんのカオス・恐怖が経験されています。人々の心にも影響して、どこへ行ったらいいのか、何をしたらいいのか分からなくなってしまった人がたくさんいました。

拡大する格差と周縁化
政府もどのように対応していいか分かっていませんでした。その結果として、周縁化された人びとに特に大きな影響が生じました。実は8割のインド人がインフォーマルセクターで働いています。インド経済モニタリングセンターによりますと、インドにおいて失業が倍増し、およそ4億人のインフォーマルセクター労働者が当分の間、元の生活の水準に戻れないと推計されています。中でもダリット女性の多くは非熟練の労働者として、たとえば農家やレンガの工場、建設労働者、家事労働者、補助労働者として組織化されない状態で働いています。契約労働者として不安定な立場で働いているのです。失業に加え、ロックダウンによって移動に制約がかけられたことで、彼女らは通常の尊厳ある生活を送ることがより困難になりました。これはメディアで報告されたことですが、インド南部の州で働いていたあるダリットの12歳の少女が、仕事がなくなり交通手段もなくなったために、故郷に帰ろうとずっと歩き、飢えと疲労によって命を落としてしまったということもありました。
ロックダウンによる影響は他にもあります。ヒマーチャル・プラデーシュ州で家畜を育てる取り組みをしているダリットの女性たちがいたのですが、ロックダウンが始まると女性たちは家畜を売らなくてはならなくなりました。これは学校が閉鎖され、子どもたちが教育を受けるためにスマートホンを買う必要が生じたためです。これもダリットのコミュニティがパンデミックによりどのような影響を受けたのかを示す一例です。コロナによって経済格差は拡大し、ダリットコミュニティがますます周縁化されるという状況が発生しています。

市民に届かない政府の対応
政府は、市民社会の声を聞いてはいますが、それらを十分に受け止めているとは言えません。また、行政の支援情報が必要としている人に届いていないという問題もあります。ある州は銀行口座に救済金を500ルピー支払うという方針を示しました。しかしこれは7ドルに満たない金額です。また、ナショナル・ダリット・ウォッチによれば、ダリットの世帯の54%がこれらの救済措置について知りませんでした。また、指定部族の多くも救済制度について情報を得ていませんでした。一人暮らしの女性はこのような制度の恩恵を享受できないという問題もあります。また、以前からある子どもたちへの支援制度についても十分な情報が伝わっておらず、53%のダリットの家族が食糧の配給を受けていないということが分かっています。このように情報が届いていない、あるいは政府の取り組みに抜け穴があるという問題があります。

増加するカーストとジェンダーに基づく暴力
パンデミックの下でカースト、ジェンダーに基づく暴力、そして家庭内暴力も増加しています。「正義のための全国ダリット運動」では、100件以上のケースを4~7月の間に取り扱ってきました。経済面での不利益な取り扱い、身体的、性的な暴力、DVなどのケースです。その中からいくつか具体例を紹介します。まずは3人の女性が暴行を受けたケースです。彼女たちは「魔女」とされ、髪の毛を刈られ、泥水や尿を飲まされました。この事件はフェイスブック上で多くの人に共有されましたが、主要メディアでは報道されませんでした。その他、家事労働に従事していたダリット女性が雇い主である支配カーストの政治家から虐待された事件、若いダリット女性が2人の男性から暴行された事件、娘が2人の男性から暴行され、その親も殺されたという事件もありました。私たちがモニタリングしたケースでは、すべての加害者は支配カーストの一員で、被害者の家族が知っている人物でした。そしてこれらの支配カーストの人びとが経済的な影響力を持っていました。このような暴力が非常に広く行われています。経済的なストレスが高まる中、DVも増加しています。けれど、国や州、警察が被害届を受理しないことが多々あります。家父長制度そしてカースト制度がこのように形を変えて制度的な暴力を生んでいます。

変革のための取り組み
私たちはダリットのフェミニスト政治を確立し、政治的な進出をすることによってこれらの問題を変えることができると思っています。そしてビームラオ・アンベドカル博士が提言した「教育し、扇動し、組織せよ」という言葉をBLM、部落解放運動とともに共有し、進んでいきたいと思っています。
文責:IMADR事務局

*ジュディス・アン・ラル博士(Dr. Judith Anne Lal)
NCDHR正義のための全国ダリット運動/調査・プログラム・アソシエイツジェンダーおよびカーストアイデンティとマイノリティの権利の関係について研究。現在、教育機関におけるダリット女性や先住民族女性に対するジェンダーに基づく暴力と差別について、特別措置の実施(指定カーストと指定部族への)のモニターを通して調査している。

*インフォーマルセクター
非公式部門。経済活動において公式に記録されない経済部門のこと。開発途上国に多くみられ、そこで働く人びとは制度的な監督や国の登録制度の範囲外にあり、納税や社会保障の対象にならない。統計によればインドの労働人口の約90%はこの部門に属していると言われている。