2020年9月11日、第29回ヒューマンライツセミナーがオンラインで開催された。今年始めに起きた新型コロナウィルスの感染爆発(パンデミック)は、世界にさまざまなインパクトを与えながら今も続いている。それは社会に存在する問題を根元からゆさぶり、表面にあぶりだした。被害は大抵社会の周縁に追いやられたマイノリティコミュニティに及んでいる。コロナパンデミックと時期を同じくして広がったBLM運動も、アメリカの司法における黒人への制度的差別に端を発している。アメリカでは黒人のコロナ感染率や死亡率は非常に高く、その要因が人種的な差別構造にあることはあちこちで論じられている。インドでは社会の底辺に置かれたダリットコミュニティがパンデミックの直撃を受け、コロナ感染よりも飢えで命を落とすかもしれないと懸念されている。パンデミックに乗じたダリットへの暴力も残虐性を増している。 今年のヒューマンライツセミナーはこれら問題に焦点をあて、アメリカの黒人、インドのダリットそして日本の部落に関わる制度的差別をテーマとした。本特集では、セミナーの概要となる「私たちをつなぐ言葉 BLM」に続き、3人のパネリストの報告を順に紹介する。
私たちをつなぐ言葉:BLM
「今、私たちをつなぐ言葉はBLM、Black Lives Matter(黒人の命は大事)、Buraku Liberation Movement (部落解放運動)そして、Bahujan Liberation Movement(ダリット解放運動:注)のBLMです」。モデレータのスラジェ・イェングデ (Suraj Yengde) は開口そう述べた。現在、ハーバード・ケネディスクールの上級研究員としてカーストや制度的差別を研究しているスラジェは、インド、ダリット出身の学者であり活動家でもある。2019年7月には「Caste Matters」というタイトルの本を出し、ベストセラーになっている。2018年には、部落解放同盟がホストとなり福岡で開催した第4回世界ダリット会議に、アメリカ黒人歴史の研究者たちとともに参加をし、部落・ダリット・アメリカ黒人の反差別の闘いを共有した。こうした経緯より、今回のヒューマンライツセミナー「コロナパンデミックがあぶりだした制度的差別」のモデレータに、最もふさわしい一人であるスラジェを迎えることができた。
モデレータはこう続けた、「非常に重要なこの時に、こうした集会を開いてくださった主催者の方々にお礼を申しあげます。世界はCOVID-19のパンデミックに見舞われています。このパンデミックは相手を選びません。人種や国籍を見ながら私たちに近づいてくるわけではありません。人間であれば誰でも攻撃をうける可能性があります。多くの人たちはこのような破壊的なパンデミックを初めて経験しました。一方、昔から抑圧者たちにより社会の周縁に追いやられ、トラウマやスティグマによりパンデミックの状態に置かれてきた人びとがいます。抑圧者たちは、私たちを肌の色、言語、名字、居住地、あるいは世系などを根拠に差別や排除の標的に選び、支配下に置いてきました。このパンデミックに対して、部落、ダリットそしてアメリカの黒人は連帯して挑むことができます。なぜなら、私たちの先人たちは長い歴史のなかで抑圧に抵抗して闘ってきたからです。この状況のもと結束して挑戦できるのは、これら三者以外にないでしょう。今まさに革命的な市民社会運動の時です。今日この時点からさらに前に進みましょう。」 「パネリストの皆さんを紹介する前に、私たちのリーダーに敬意を表したいと思います。部落解放運動を組織した松本治一郎先生、ダリット解放運動を引率したB.R.アンベードカル博士、そして黒人運動リーダーのW.B.E.デュボイス博士です。これらリーダーたちは、今も私たちの魂と知性の拠り所となっています。これらリーダーたちが私たちにインスピレーションを与え、精神的な力を与え続けています。“我らの子どもたちを解放して自由にする”という彼らの夢は私たちに受け継がれています。今度は私たちが、未来の世代が自由を享有できるように、そして尊厳をもって生きていけるようにする番です」。
抑圧されたコミュニティからのリアルな声
刺激的な導入に続いて行われた3人のパネリストからの発表は、それぞれのコミュニティが置かれてきた差別が歴史的であり制度的であるということを十分納得させるものであった。奴隷貿易に加担しなかった唯一の宗教であると確信して仏教に改宗したアフリカ系アメリカ人僧侶のラマジ、母方の家系にアングロサクソンが混じるインドの研究者でありダリット活動家のジュディス・アン・ラル、そして大学生になってから自分の出身が部落であることを知り、そこから部落問題をむさぼるように学び始めた川﨑那恵さん、それぞれの報告はパンデミックのこの時代において、根深い差別の問題がどのようにコミュニティを揺さぶっているのかを明らかにするものとなった。 今年のセミナーはオンラインで行われた。アメリカ東海岸、西海岸、日本そしてインドと、線でつなげば地球を半周する距離をオンラインで瞬時に結び、同時通訳を介しつつも、その声はよりリアルさをもって聞く者の耳に届き、画面に映るパネリストは手を伸ばせばすぐそこにいるという身近さを感じさせた。参加者のアンケートにもそうした感想があり、パネリストの言葉がいつも以上に直球で受けとめられたことをうかがわせた。
差別は克服できるのか
参加者からの質問に、どの国のBLMの問題が最も解決に時間がかかると思うかという問いがあった。それに対して、スラジェはこう答えた。 「BLMを共通の言葉だと言いましたが、それぞれ内容は異なります。そのうえで、アメリカのBLMはかなり時間がかかるだろうし、もしかしたら永遠に解決できないかも知れません。これは非常に答えるのが難しい質問です。私たち三者はそれぞれ異なる歴史を持つ存在です。さらに同じコミュニティの中でも、語られるストーリーは時代や情況など、背景によりさまざまに異なります。そのように異なる3つのコミュニティですが、重要なことは、お互いにそれぞれの国における平等な市民としてつながりをもつことができるということです。私たちは二級市民としてひどい扱いをうけてきました。しかし、そのような私たちがともに立ち上がり、自信を持ち、先人たちの遺産を引きつぎながら21世紀を生きていくことで、私たちの独自性は高まると思います。 もちろん差別の克服は簡単ではありませんが、長い歴史の視点から見ていくべきです。ダリットは最も長い3600年続いた差別の歴史を生きてきました。私自身は156代目のアンタッチャブルの子孫です。差別のトラウマはDNAとして私に引き継がれ、心臓の鼓動としてあるいは血液として私の体内を巡り続けています。」
コレクティブネスが求められる時代
スラジェは続けた。アフリカ系アメリカ人そして被差別部落民の一人ひとりにも引き継がれてきたトラウマがある。時代によって差別を触発・助長する要因は変わり、情況によって一人ひとりは異なる被差別を経験するが、それは一人で解決できるものではない。集団でしか解決できない。だからこそコミュニティを越えて結束する必要がある、と。 アメリカで急速に広がったBLMの運動は、今、白人も巻き込んでいる。60~70年代の公民権運動を見てきたラマジは、黒人ではなく白人が白人に向かって黒人差別をやめろと説いている姿に大きな変化を感じている。川﨑さんは部落解放運動は部落差別だけではなくその他の人権課題について横断的な視点を向けてきただろうかと問う。 個々の問題を理解し、集団で対峙していくことが今まさに求められている。
注)Bahujanとは指定カースト(ダリット)、指定部族、後進カースト、宗教的マイノリティを一つにした総称。
報告:小森恵(IMADR)