国連人権理事会と#Black Lives Matter

小松泰介
IMADR事務局次長 ジュネーブ事務所

5月末にアメリカ合衆国ミネソタ州ミネアポリス市で起きた白人警察官が武器を持たない黒人男性を殺害した事件をきっかけに、黒人に対する暴力や差別に抗議する「Black Lives Matter」の声が合衆国から世界中に広がった。ジュネーブでも一万人以上がデモに参加している。この動きは国連にも広がり、アフリカ諸国の要請により人権理事会が緊急ディベートを開催することが決定した。人権理事会は新型コロナウイルスによって3月13日より中断していたが、6月15日に様ざまな感染予防対策の下で43会期が再開し、緊急ディベートは17日に開催された。

アフリカ諸国が提出した決議案は、人権理事会がアメリカ合衆国やその他の国ぐににおける制度的人種主義とアフリカ人およびアフリカ系の人びとに対する人権侵害に関して独立した国際調査委員会の設置を求める内容だった。また、国連人権高等弁務官がアメリカ合衆国およびその他の地域におけるアフリカ人およびアフリカ系の人びとに対する警察の蛮行に対して人権理事会で報告することも求めていた。

しかし、決議案の交渉では各国から不満が続出した。まず、この決議案は6月15日に出されたが、緊急ディベートでの採択まで2日しかないのは短すぎると多くの国が口にした。コロナ禍のために本省からの指示を十分に受けることができないと話す政府代表もいた。また、「人種差別は世界的な問題であるから特定の国を取り上げるのは適切でない」として、アメリカ合衆国の名指しを取り除くよう求める声が相次いだ。さらに、これまで国際調査委員会が被占領パレスチナ地域、ダルフール、シリア、朝鮮人民共和国など人道危機あるいは大規模で深刻な人権侵害の起きた国に対して設置されてきた経緯から、人種差別という横断的課題に対して調査委員会を設置するのは適切ではないという意見も出ていた。合衆国が文案で名指しされているため、それを取り除くよう同国政府が草案者であるアフリカ諸国にプレッシャーをかけているという話も聞かれた。

交渉が難航する中、緊急ディベートが開催された。アメリカ合衆国を名指しした国はごく少数で、多くは人種差別問題全般を非難する発言に留まった。決議の草案者であるアフリカ諸国内でも対応が分かれ、一部が明確にアメリカ合衆国を非難する一方、大半の国は明言を避けた。緊急ディベートではIMADRも発言し、国連人種差別撤廃委員会が合衆国に対しマイノリティへの法執行官による過剰な武力行使に対する説明責任、被害者への補償、そして人種プロファイリングを根絶するよう2001年の最初の審査以来繰り返し勧告してきたことを指摘した。合衆国が国際人権法の遵守を体系的に怠ってきたことから、同国に対する国際調査を人権理事会が設置することを支持した。発言した他のNGOの多くも国際調査委員会の設置を求めていた。

決議の採択は延期され、19日に再提出された決議案からはアメリカ合衆国への言及と国際調査委員会の設置は削られた。代わりに、国連人権高等弁務官事務所が法執行機関によるアフリカ人およびアフリカ系住民に対する体系的な人種差別と国際人権法違反の疑いに関する報告書を作成すると共に、反人種主義を求める平和的な抗議に対する各国政府の対応を高等弁務官が口頭報告することを求める内容に和らげられ、全会一致で可決された。好調な出だしとは言えないこの決議を国際社会はこれからどう生かすのか、注目していきたい。