佐藤 暁子
ビジネスと人権リソースセンター日本プログラムコーディネーター/弁護士
一見すると「ビジネス」と「人権」という独立した2つの単語と考える方も多い「ビジネスと人権」だが、これは国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」)という国際的なルールに基づく取り組みを指す。国際人権は、国家による人びとの人権保障を中心として発展してきたが、多国籍企業などによる環境や社会への影響に鑑み、企業が人権に与える負の影響を予防・軽減・救済する枠組みとして合意されたのが指導原則だ。いわゆるソフトローであり法的拘束力はないが、指導原則を契機として英・仏・豪・蘭などで関連国内法が制定され、個別企業や業界毎の取組みも進んでいる。SDGsやESGといった、企業の社会的責任に注目するフレームワークへの注目の高まりもあり、これまで「人権」を何か遠いものとして見てきた日本企業の重い腰もようやく上がりつつある。
指導原則を浸透させ、企業の取組みを促進、加速させるためには、消費者でもある市民一人ひとりが果たす役割も大きい。積極的な取組みが目立つ欧米企業は、法規制や投資家からの働きかけに加え、市民社会からのプレッシャーをそのインセンティブとして必ずと言っていいほど言及する。商品・サービスの選択の際に、単にその性能・質だけではなく、企業の社会課題に対する姿勢が基準とされ、これを軽視する企業は、市民社会によって厳しい批判に晒される。
弁護士としてビジネスと人権分野に取り組み始めて数年が経つが、いまだに日本ではこの点が悩ましい。国際人権NGOヒューマンライツ・ナウの活動の一つに、企業に対する人権方針や人権デューディリジェンスと呼ばれる人権リスク対応に関するアンケート調査がある。日本企業は同業他社の動きを重要な指針とする傾向が強いことから、アンケート調査によって対応を可視化し比較可能にすることは、自社の取組みを客観的に見直す契機となり、同時に消費者への情報提供・意識向上にもなる。
先日から日本におけるプログラムコーディネーターを務める、国際人権NGOビジネスと人権リソースセンターは、2002年にイギリスで設立され、現在14カ国に現地代表をおき、ウェブサイトで様々な切り口から関連情報を掲載している。このほか、個別事案について企業の人権尊重責任を問うNGOなどからの質問書と企業の回答をウェブサイト上で公開し、透明性のあるダイアログを通じた企業の説明責任の担保を促進している。これまで9000以上の企業をカバーし、その回答率は75%ほどである。加えて、Corporate Human Rights BenchmarkやKnow The Chainという企業の人権への取り組みのベンチマークも他団体と協働して実施している。ここで取り上げられる日本企業は年々増加し、グローバル企業との差異が顕著に出るため、これをきっかけに具体的な行動に移した企業も多い。先日公表されたKnow The ChainのICTセクターランキングでは、日本企業10社の平均スコアは18点と全体平均の30点を大きく下回るものだった。こういったベンチマークは評価指標を公開しているので、企業の取組みを改善・促進するために、そして市民社会として企業にエンゲージメントをする際の共通言語として広めていきたい。
インパクトが比較的数値化しやすく、目標や成果指標がわかりやすい環境課題に比べ、人権は、ライツホルダー(人権主体)ごとに内容が様ざまかつ相互に関連するため、一括りに評価することは極めて困難である。企業は、ライツホルダーの視点を常に中心に置く丁寧な対話により、人権リスクを最小限に抑え、実効的な救済を提供することが可能となる。
市民社会の一員でもある企業の存続は、持続可能な社会なしに実現しない。ビジネスと人権を切り口とし異なる視点の架け橋となる両団体の活動を通じ、誰もが自分らしく生きることができる社会を創っていきたい。
*著者は認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ事務局次長も兼任。